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はじめに&目次

基本的に遅筆です。どうにかしたいけどどうにもならない。
これまで書いた二次創作などをわかりやすくまとめていきたい。
もし、ここが更新停止してもPixivなどは止まらないと思います。


SS

『マリア様がみてる』


もしも祐巳がお姉さまだったら
  ……そんな妄想をする、祐巳の事が大好きな山百合会のコメディ。
     祐巳総受け。

最終兵器福沢祐巳
  ……普段はいじられているキャラほど、暴走したときは怖い。
     祐巳総攻め?

喫茶リリアン
 ……祐巳由乃志摩子の三人がリリアン近くの喫茶店で働くおはなし。珈琲云々書いてたりする時はとても楽しい。

少し先の山百合会と前薔薇様のおはなし
 ……瞳子達が薔薇さまといわれる山百合会にて、前薔薇さまについての話題が出る。
    懐かしみながら話す面々であったが、菜々が投下した爆弾で少々脱線気味に……?

チャオ・ソレッラの幕間にて
 ……祐巳と由乃のホテルでの描かれなかった一幕。……なんてあったらいいなって思い立ち描いてました。
    祐巳×由乃
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チャオ・ソレッラの幕間にて

「……み……」

 あぁ……あれだけ疲れていたというのに、その声を聞いた瞬間に心地よくまどろんでいた意識は一気に引き上げられる。
 瞼は重いというのに、意識はそれに反してだんだんと明瞭になっていく。それに伴って眼が冴えていく。

 とても気持ちの良さそうとは思えないうめき声が祐巳の耳に届いてしまう。
 由乃さんは寝ていれば大丈夫だというけれど、きっとそれには強がりも入っているはず。勝手な憶測に過ぎないけれど、これでも親友をやっているのだから間違ってはいないと思う。ちょっとくらい自惚れたって良いでしょう?

 由乃さんのくぐもった苦しそうな声が時々暗い室内に響く。
 祐巳の身体はもう動きたくない、脳も休みたいよーなんて声を発しているのにも眠れない。布団に入ってしまえばすぐに眠れるという算段だったのだが甘かったらしい。
 どうにも私……福沢祐巳にとって由乃さんは思っていたよりも大きな存在だったらしい。自分がどれほど疲れていても、苦しそうな由乃さんの声を聴くだけで心配で眠れなくなってしまった。

「由乃さん」

 身体にかけていたシーツを退ける。何の音もしない静かな室内なので衣擦れの音でさえ聞こえてしまう。

「由乃さん」

 起き上がり、由乃さんのベッドに腰掛けてもう一度頭に乗っている温くなった魔法のタオルをかえてあげる。室内は暗いので足の指をどこかにぶつけてしまって悶絶したりもしたけれどなんとか声は出さずに済んだ。
 ひんやりとしたタオルの感触に少しだけ楽そうにする由乃さん。

 それでも苦しそうなのには変わりはなくて、どうにかして少しでも楽にしてあげれないものかと考える。
 夜だから部屋の外にも出るわけにも行かないし、先生に言うのは明日になっても由乃さんの体調が優れなかった時だと約束もした。
 こんな限られた状況では色々と考えても時々タオルを変えてあげる位の事しか祐巳には思いつかない。
 こういったとき令さまならどうしたのだろう……ただでさえ海外という環境なのに、傍にいるのが令さまじゃなくて祐巳なんかじゃ由乃さんもいつもより不安なんじゃないだろうか。それに、このまま治らなかったら修学旅行に参加できないという別種の不安にも苛まれている筈。
 それなのに祐巳はただ見守ることしか出来ない。

「由乃さん」

 眠りを妨げないように名前を呼ぶ。
 傍にいるよ、私がついているからね、と。そう思いをこめて名前を呼び手を握る。由乃さんの手はすべすべとか細くて熱かった。

「ゆみさん……」

 起こしちゃったのかな?と、顔を覗き込んでみたけれど目尻に涙が浮かんでいて苦しそうな表情のままだ。

「寝言か……」

 よかった。こんな寝つきの悪そうな状態の由乃さんを起こしてしまったなら、助けにならないどころか状況を悪化させるだけだ。余り迂闊な事はしないようにと肝に銘じる。

「ゆみさ……」

 また寝言。
 こんな時に不謹慎だけれど、親友の由乃さんに名前を呼ばれると少しドキりとする。
 そして、少しだけ汚い感情も沸いてくる。
 ……令さまの名前じゃなくて、祐巳の事を呼んでくれているということが嬉しいのだ。由乃さんがこんなに苦しい時に祐巳がこんなことを思っているなんて知ったら親友失格だなんて言われないか心配だ。
 頭をふるってそんな考えを追いやろうとした時の由乃さんの寝言。

「ゆみさ……いかないで……」
「っ……!」

 カーッと頭が熱くなった。
 殆ど勢い。
 由乃さんを抱きしめた。
 どうしてそうしたのか、その感情を頭が理解する前に体が勝手に動いていた。それでも起こさないようにと、由乃さんの布団へできるだけ静かにもぐりこんで、出来うる限り苦しくないようには気をつけた。

「ここにいるから、大丈夫」

 髪に沿ってゆっくりと頭を撫でる。刺激しないように、落ち着けるように。
 汗で由乃さんの肌は少しベタついていたけれど、不快感は欠片も湧いてこない。それどころか、もっと触れていたい。

「大丈夫。私は由乃さんから離れないから、傍にいるから大丈夫だよ」

 由乃さんの苦しみが少しでも楽になるように「だいじょうぶ、だいじょうぶ」と囁く。
 どこにも行かないよ、ここにいるから。

 祐巳は心の中を由乃さんでいっぱいにしながら優しく抱いて言葉をかけ続けた。
 由乃さんはなんだかいつもより良い匂いがした。

「大丈夫だから安心していいからね。傍についているから、大丈夫」

 まるで暗示でもかけるかのように大丈夫と繰り返す。祐巳のありったけの優しさを込めて。

「大丈夫、大丈夫だから」
「ゆみ……」

 その声が届いたのか由乃さんの苦しそうな顔に一瞬だけ儚い笑みが浮かんだ。
 きっと明日には良くなってくれる。そう思えるような微笑だった。

「……由乃さんの居ない修学旅行なんてイヤだからね。もし治らなかったら仮病を使ってでも離れないから」

 自分の耳に届くのかも怪しいくらいの小声で呟く。
 由乃さんを……そして祐巳自身を安心させるために由乃さんを抱きしめていた力を僅かにだけ強める。

「大丈夫……だいじょうぶ……」

 駄目だ。此処にきて本当に体の限界が来たのかもしれない。
 自分の布団に戻らなければと思うけれど、その思考は猛烈な眠気にすぐ淘汰されてしまう。

「だいじょうぶ……だ……ぶ……だから……」

 自分で意識を保つのも危うくなっても祐巳は最後の抵抗として『大丈夫』と、魔法の呪文を唱え続けた。
 感じられるのは腕の中に居る由乃さんだけで、だんだんと、意識が、遠のいて……






 ぱちり。
 若干の気だるさと共に由乃は目を覚ました。
 もう少し眠っていたいという誘惑に駆られるが思いのほかハッキリと眼が覚めたので誘惑をすぐに押し返す。
 そして昨夜のことを思い出し現在の状況を把握しよう。

 由乃は横になったまま知らない天井を見つめながら頭の中を整理する。
 今は修学旅行中でイタリアである。

「確か、熱を出して……」

 そう、この慣れ親しんだ気だるさと汗でベタついた気持ち悪さは熱を出した時の物。
 すんすんと自分の匂いをかいでみると、案の定というか汗臭かった。後でシャワーでも浴びよう。

 確かに汗をかいて不快感はあるけれどもそれ以上に体調はスッキリとして、昨日の辛さは微塵も残って無かった。
 体調を崩しているというのに何故かいつも以上にグッスリと眠れて清々しい。

「ん……?」

 そこで由乃の耳が小さな音を捉え、僅かばかりのくすぐったさを感じる。
 すぅすぅと落ち着いた呼吸の音。もっと言えば寝息である。だけれども由乃は起きているのだから寝息が聴こえるのはおかしい。

 顔を横にコテンと倒すとそこには……

「っっ……!?」

 祐巳さんの寝顔が由乃の視界全てに飛び込んできた。
 由乃は咄嗟に叫ばなかった自制心を後で存分に褒めてやろうと決めた。

(落ち着け由乃!今の状況をしっかり把握しなさい!もし魔が差したりして祐巳さんを襲ったりしたら日本に帰った後、二度とお天道様を拝めなくなるわよ!)

 もう必死も必死だった。目と鼻の先どころか、横を向いた時に鼻同士が触れるほどまでに近いのだ。吐息が由乃の顔をくすぐってくるわ、なんだか良い匂いはしてくるわで由乃の理性は地震が起きた後の家の中のように散らかっていた。
 そんな近くに誰かが居るなんて幼馴染の令ちゃんであっても数えるほどしかない。
 その上、相手が大好きの上に大好きを重ねてしまうほどの大親友である祐巳さん。大好き過ぎてちょっと行き過ぎることもあるくらいだ。
 流石に寝込みを襲うのは不味い。どうせなら最初は合意の下、ロマンチックに……

(じゃなくて!なんで祐巳さんが私のベッドにいるのよ!)

 いつもイケイケ青信号の由乃も流石にこの赤信号では止まらざるを得なかった。

 すぅー、はぁー。すぅー、はぁー。
 深呼吸をして混乱しすぎている心を落ち着けようとする。僅かに漂ってくる祐巳さんの甘ったるい香りが由乃の理性を叩き壊そうと無慈悲な攻撃を仕掛けてくるがなんとか撃退して、ある程度の平常心を取り戻す。
 なんで祐巳さんがここにいるんだろう……
 そう考えていると天使のような寝顔の祐巳さんがむにゃむにゃと何か呟いている。

「だいじょうぶ……だよ……」
「あっ……」

 ぱちんと音を立てて、由乃の記憶のスイッチが入る。
 数秒前までパニックの渦の中心に居たというのに、その魔法の言葉のお陰で今は落ち着いていた。

「そう……祐巳さんだったんだ」

 由乃は自分がこんなにも元気になれたのが横で可愛らしく寝息を立てている祐巳さんのお陰という事に気付いた。

 殆ど憶えていないけれど、ずっとあやふやだった意識の中で大丈夫という声と優しい何かが由乃を包み込んでくれていた。熱を出していたというのに悪夢にも魘されず、まるでマリアさまの腕の中にいるかのような安心感を与え続けてくれていたのはこの小動物のような愛しい親友だったのだ。

「ふふ……」

 語尾に音符記号でもつきそうな由乃。
 まさか普段はぽけぽけな親友に、マリアさまを重ねてしまうなんておかしくって笑いが零れてしまう。
 つんつんと祐巳さんのぷにぷにした血色の良いほっぺたを突くと少しだけ眉をひそめて唸る。そんな小さな反応だけで愛おしくて仕方がない。

「まだ、起きてないよね?」

 そういいながら何度かほっぺたを突っつくけれど、祐巳さんは特に変わらず「ぅん……」だの可愛い声を上げるだけ。もし起きていたとしても狸寝入りできるような器用さは祐巳さんにはなくて絶対に顔に出る。狸っぽいのに。

「祐巳さん、ありがとう」

 ドキドキと。バクバクと。
 ゆっくりと祐巳さんの顔に、由乃は近づく。
 自分の心臓の音が五月蝿くて、祐巳さんがこの音を聞いて起きないか不安になる。
 そして、つくづく心臓の手術をしておいてよかったと思う。きっと手術前の由乃だったら興奮というかこのドキドキに心臓が耐えられないと思う。冗談抜きで。

 祐巳さんの規則的な吐息がかかって、更に顔に血液が集まってくるのがわかる。
 顔どころか耳までアツい。熱を出した時なんかよりこっちの方がよっぽどアツい。

 由乃が祐巳にゆっくりと近づけば近づくほど心臓の鼓動は間隔を狭めていく。

 あぁ、もう止まれないし止まらない。
 頭の中では色んな物がごちゃごちゃと祐巳さんという名の台風に荒らされていた。

 もし今、祐巳さんが起きてしまったらどうしよう。絶対に目があっちゃうだろうしここまで近づいてしまえば言い逃れもできない。
 でも止まれない。

 祐巳さんの唇に近づいて、もうすこし近づいて、触れる直前まで近づいて

 触れた。


「ーーーぅぁ……」

 触れてしまった。
 由乃の頭はもう真っ白。祐巳さんとのキスで許容量を超えてもう声も出なかった。

 まだ祐巳さんは何事もなかったかのように寝息を立てているのだけれど、寝顔を見るだけで由乃の羞恥心だとか乙女心が鬱陶しい程に悲鳴を上げる。

 本当に数秒、唇同士が触れ合うだけの軽いキスだというのに、心臓は早鐘を打つのをやめる気配はない。
 こんなに軽いキスでここまで心乱されるなんて、これ以上踏み込んでしまったら一体どうなっちゃうのだろう。きっと理性ごと心をぐちゃぐちゃにかき乱されて二度と祐巳さんの顔を直視できなくなってしまうんじゃないだろうか。
 ダメだ。もう由乃の乙女心も許容量を軽くオーバーした限界。これ以上踏み込んでしまったら心臓も持たない。

 踏み込まなくたって数秒毎に、祐巳さんの柔らかい唇の感触が蘇ってきてどうしようもない恥ずかしさと言葉にできない嬉しさが込み上げてくる。。


 数分間の放心から意識を取り戻した由乃は汗をかいた身体と、火照りが止まらない心を冷やすためにシャワーを浴びることにした。
 もう一度、気持ち良さそうに眠る親友を見て由乃は思うのだ

「祐巳さん、大好きよ」

 なんて、ね、

少し先の山百合会と前薔薇さまのお話

「「「先代の薔薇様方の話?」」」

「はい、よろしければ聞かせていただけないかな……と」

 所は今も昔も変わらない薔薇の館、ここに始めてきてから変わったことと言えば一階の物置部屋の物が年々増えていることと、階段のきしみ具合も年々増していること位だ。
 お姉さまも
「いい加減、この階段も改修なりしないとダメだね」
 なんて事を言ってたのに結局
「瞳子、階段の改修よろしくね」
 と、仕事を残したまま卒業してしまった。
 聞く話によると、お姉さまのお姉さまに当たり、遠縁ではあるが私の親戚にあたる小笠原祥子さまも卒業する前に似たような事を言い残したらしい。
 さらにさらに祥子さまも、ご自身のお姉さまに同じようなことを言われたらしいのだ。
 誰かがこのダラダラと続く風習を断ち切ってくれればと思うが、少なくとも自分では断ち切る気はあまりない。頼れる妹にでもそのうちに意思を託すとしよう。

閑話休題

 仕事も一段落したので、山百合会の面々でお茶を飲みながら一息ついていると、紅薔薇さまなんてご大層な通称で呼ばれてる私、松平瞳子。
 その妹の妹……つまり俗に言う紅薔薇の蕾の妹が、前薔薇さま方はどう言った方々なのかを質問してきたのだ。

「それまたどうして……」

 白薔薇さまであり、親友でもある二条乃梨子のごもっともな疑問。
 勿論話すのが嫌だという訳ではないけれど

「前薔薇さま方は色々と凄い方達だったって中等部でもかなり聞きましたよ」

 白薔薇の蕾の妹も此処ぞとばかりに会話に入ってくる。
 黄薔薇の蕾も口には出さないが、気になって仕方が無い様子。
 菜々を含む二年生達はお姉さま方を思い出してか、それぞれが口元にうっすらと笑みを浮かべている。

「それは現薔薇さまである私たちは凄くないってことかな?」

 二年生でありながら立派に黄薔薇さまの仕事をこなす有馬菜々が面白い物を見つけたと一年生ズを突っつく。
 そういえば、こんな菜々を見て由乃さまは
「なんだか最近、菜々がでこっぱちに似てきたわ」
 なんて呟いていたのを思い出す。菜々を窘める役割を担ってた、祐巳さまが卒業してからブレーキをかけるのも一苦労だ。
 ちなみに、菜々は祐巳さまを結構本気で怒らせたことが一度だけあるのだけど、その時の落ち込み方は物凄かった。どうしても祐巳さまだけには頭が上がらないらしい。

 菜々のその嫌味な質問を受けて、真面目な一年生達はとんでもないと萎縮。傷ついただの言って落ち込んだフリをする菜々。まだ純粋な一年生ズはわたわたとどうしたものかと戸惑っている。

「菜々、一年生をからかうのも程々にしてあげて頂戴」

 とりあえず釘を刺しておく。なんだかんだ菜々も根は真面目なので本当の意味でトラブルを起こす事はないが、一応形式として注意しておく。

「前薔薇さまっていうと、祐巳さまと由乃さま、そして志摩子さまの3人ですよね」

 白薔薇の蕾が場を持ち直すようにフォローを入れる。気の利くいい娘だ、乃梨子には勿体無いとつくづく思う。

「あの御三方は……色んな意味で凄かったです」

 前薔薇さまの事を思い出して笑みを浮かべている私の妹。
 卒業した後の3人の噂は高等部にまで届いているがそれはまた別の話。

「少なくとも、これまでの山百合会の在り方を変えたのは御三方で間違いないわ」

 お姉さま曰く構想は、水野蓉子さま……祐巳さまの姉妹制度上のおばあさまに当たる人から受け継いだものらしい。

「『山百合会と生徒の関係をもっと身近に』……か。あの3人だからきっと出来たんだろうね」

 去年の事を思い出してか乃梨子の口元にも自然と笑みが浮かんでいる。
 入学した時の、どこか諦観したような華の女子高生とは思えない枯れた表情とは全く違う。
 多分、私が乃梨子に話しかけたのは無意識的に乃梨子の笑顔が惹きつけられるものだと知っていたからだ。

「えぇ、由乃さまが我先にと先陣を切り突っ走って、志摩子さまがこれまでの山百合会の良い所を残しつつ、お姉さまが調和させる。本当に御三方は仲が良かったわ……」
「……紅薔薇さまが笑ってる」

 言われてから自分が知らぬ間に笑っていることに気付いた……乃梨子の事を余り言えた物でもない。

「こほん……そうね、折角だから前薔薇さま方のお話をしましょうか」

 いつも堂々としているように心がけている瞳子だが、祐巳さまの事となるとその演技の仮面なんてすぐに剥がれてしまう。どれほど取り繕ってもどうにもならないのだ。きっとこれからもあのぽけぽけしてるようで実はしっかりしている姉にはいつまで経っても敵わないのだろう。

「何から話したら……」

 いざ祐巳さま達の話をしてみようと言われれば意外な事に困ってしまう。何も話題に挙げるようなことがないわけではない。
 むしろその逆で、色々とありすぎた所為で何を、何処から話すのか迷ってしまう。
 それは乃梨子も、菜々も同じようで思案してる。

「前薔薇さま方は仲が良かったって聞きましたけど、それって本当なんですか?」

 紅薔薇の蕾の妹はこの話題を切り出しただけあって興味津々ということで質問をする。

「仲が良かった……なんてレベルなのかな、アレ」
「仲が良い……で済めばよかったのですけどね」

 その質問に真っ先に反応する乃梨子と瞳子。二人とも口元にはなんとも微妙な笑みが浮かんでいた。

「中等部でも有名でしたよ。なんでも歴代の薔薇さま方の中でもトップクラスに仲がいいのだとか」

 白薔薇の蕾の妹も会話に入ってくる。実際に会ったことが無い分気になっているのだろう。

「歴代云々は置いといて、仲が良かったのは事実ね。姉妹関係に負けない繋がりがあの御三方の中には存在していたわ」
「志摩子さん……私のお姉さまなんだけど、祐巳さまと由乃さまだけには冗談も言ったりしていて当時は結構嫉妬する事もあったなぁ……」

 意外。乃梨子がそんな事を思っていただなんて思わなかった。と、言うよりもそんな事を口に出して言うタイプではないから珍しかった。
 なんだかんだ言っても乃梨子も自分のお姉さまが大好きなのだ。
 同じく瞳子も由乃さまと志摩子さまの2人に嫉妬することは多々あった。尤も、嫉妬する対象は必ずしもこのお二人という訳ではなかったけれども。
 乃梨子に嫉妬することも少なくはなかった。むしろ多かった。祐巳さまと乃梨子は互いに部活には所属してなく、家の事情等も少ないので一緒に居ることがやたらめったら多かったのだ。一体どれだけヤキモキさせられたことか。

「言わせてもらいますが、由乃さまと志摩子さまはいちいちお姉さまに引っ付き過ぎでしたわ」

 この際だから言ってしまっても時効だと勝手に納得し、当時思っていたことを吐き出す。
 普段、こんな自己中心的なというか、実にもならない不満を言わないようにしている瞳子がこんな事を言っているからか乃梨子と菜々を除いた面々は目を丸くしている。
 乃梨子と菜々はニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべていた。ここに可南子さんが居なくて良かった……2人でも面倒くさいのに、3人ともなれば収集がつかない。
 ただ、もう口から出てしまったものは仕方が無い。ここで引っ込んでも、前に出ても碌なことにならないのなら、前のめりに倒れた方がマシ。

「妹である私を差し置いて、志摩子さまの膝枕で眠っていたり、由乃さまと手を繋いでいたり……数え出せばキリがないわ」

 そう、本当にキリがない。志摩子さまは自覚はないのだが、由乃さまに至っては見せつけるようにお姉さまに引っ付いているのを今でも覚えている。

「瞳子がそんな事を思ってたなんてね……素直に祐巳さまの前でそれを言えばいいのに」

 ぐぅ……
 それを言われると何も言い返せない。
 瞳子も祐巳さまの妹になるまで、自分がここまで素直じゃなく甘えるのが下手だなんて思っていなかったのだ。
 いつも演技している時のように他の人には甘えることができるのに、祐巳さまだけにはできない。演技派女優の名折れである。

「確かに、私が素直じゃなかったのは事実……でもお姉さまは少し八方美人過ぎなのよ。自覚ないのが質が悪いわ」

 人の好意を素直に受け取り、素直に喜べる人。
 それは簡単なようで意外と難しい。
 勿論それは美徳で、そういう部分が祐巳さまの良いところで、変えて欲しいとは思わない。思わないのだが、思うところはあるのだ。

「結構噂になってましたよ。あの3人、実はデキてるんじゃないかって」

 唐突な菜々の言葉の意味を舌の上でころころと転がし、ゆっくり噛んで、じっくり味わって咀嚼して飲み込もうとする、が

「「え」」

 飲み込めなかった。
 言葉の意味はわかる。わかるのではあるが一体全体どういうことか意味がわからない。

「あれ、知らなかったんですか?祐巳さま達の友情は世間一般で言う友情以上のものがあるんじゃないかって話を結構聞きましたよ」

 うんうんと周りの面々は肯定の意を表す。
 と、なるとこれを知らなかったのは瞳子と乃梨子の二人だけという事になる。

「ちょ、ちょっと待ちなさい。お姉さま方がその、深い関係だなんてそんなわけ……」
「そうよ、志摩子さんが祐巳さまとデキてるなんて……」

 ありえない。
 そう言う、言いたい、断言したい、絶対にありえない、そう言いたくて言いたくて仕方がなかったが

「「……ありえる」」

 言えなかった。
 思い返して見ればそんな噂が立つのも仕方ないと納得してしまうほどに御三方の仲が良かったのは事実。否定のしようがない。

「一番の有力説は『お姉さまと志摩子さまが真ん中に祐巳さまを挟んで取り合ってる』っていうのを新聞部の友人が言ってましたね」

 瞳子と乃梨子の尋常でない様子。
 普段滅多に見る事のない緊迫感漂う動揺っぷりに山百合会の面々はたじろいでいた。
 ただ一人、菜々だけはそんな二人にも物怖じしない胆力を兼ね備えているようで爆弾を幾つも落とした後に、平気な顔して紅茶を啜っている。
 菜々が紅茶を啜っているなんてどうでもいい。

 由乃さまと志摩子さまがお姉さま……祐巳さまを取り合っている。一体全体そんなバカらしい噂はどこから湧いてきたのだ。
 最初はそう思ったものの、すぐにその噂の根拠となるような出来事がぽこぽこと炭酸飲料の気泡の如く湧いてくる。

「志摩子さんと祐巳さまのお箸や筆箱なんて細々とした物がペアになってた……それだけじゃない、三年になってからよく祐巳さまのお家に泊まりに行くようになったとかお風呂に一緒に入ったとか……まだある……」

 隣で乃梨子がぶつぶつ言っていて気になる単語がぽつぽつ聞こえてくるが、とりあえずはスルーだ。今は自分の事で精一杯。
 とりあえず落ち着かせようと思ってカップを掴もうとするが震える手のせいで上手くいかない。なんとかカップを掴み紅茶をノドに流し込む。

「あっつい!」

 今さっき淹れてもらったばかりだということを失念していて紅薔薇さまとしてみっともない醜態を晒してしまう。

「うわぁ……」

 姉に向かってうわぁとはなんだうわぁとは。
 まさかこんなところでずっと築いてきた完璧な紅薔薇としての威厳に瑕がつくとは思わなかった。
 ……が、威厳云々について考えるのは後だ。瞳子の事よりも祐巳さまのほうが大事だ。

 祐巳さまを挟んで由乃さまと志摩子さまがやり取りをする。それが余りにも日常的過ぎてなんとも思わなかったが確かに言われてみれば怪しい関係のようにも見える。

 実際、あの三人の中心にいたのは間違いなくお姉さまだ。由乃さまも志摩子さまも
「祐巳さんが居なかったら私たちはここまで深く繋がる事はできなかったわ」
 なんて旨の事を言っていた。深く繋がるってなんなんだ……とりあえずそれは横に置いておこう。

 いつだか忘れたが在学中の由乃さまが
『思いっきり突っ走るのが私、一歩引いた所から物事を俯瞰する志摩子さん。性格はともかく性質は正反対なのよ』と自慢するかのように言っていたのを思い出す。
 その続きを打ち合わせていたかのように離す志摩子さまの優しい表情は今でも思い出せる。頬を染めて心底落ち着いている、リラックスしている。そんな表情だった。……今思えば恋する乙女のように見えさえする。
『私たちの間で手をとっているのが祐巳さんなの。祐巳さんがいなかったら私たちは繋がることもなく少しずつ離れて言ってたと思うわ……今があるのは祐巳さんのお陰。だから私たちは祐巳さんが好きなのよ』
 そう、確かこんなことを……

「「あ、駄目だわこれ」」

 考えれば考えるほどに、菜々の言う噂を裏付ける話が思い浮かぶばかりである。

「そう言えば、昼休みに中庭で3人揃ってお昼寝してたこともあったわね。真ん中にお姉さまを挟んで」

 そんな事を思い出す。
 当時はただ嫉妬を抑えるのに精一杯で気付かなかったが、そういう事情であるなら祐巳さまの両隣に志摩子さまと由乃さまがいつもいたのも頷ける。

「あ、その時の写真、今ではプレミアがついてますよ」

 懐から一枚の写真を取り出した菜々。
 ピストルの弾丸にすらダブルスコアをつけてしまうほどの速度で、示し合わせたかのように瞳子と乃梨子はその写真に食いつく。

「「ほぉ……」」

 すぐにでも嫉妬の紅き焔が燃え上がるかと思ったのだが、御三方の天使のような寝顔に気勢が削がれ、見入ってしまう。

 とても理想的な角度から、自然に、尚且つ3人ともが収まるように写されていた。
 このレベルの写真を撮るような人間は瞳子は1人しか知らない。
 一部では伝説的な盗撮魔として有名な武嶋蔦子さまに違いない。彼女でなくてもこんな絶好のシャッターチャンスを逃しはしないだろう。撮った本人はきっと小躍りするほど喜んだに違いない。

「「これ貰える?」」

 またしても乃梨子と声が被った。さっきからやたら被せてくるが一体どういうつもりなのか。
 祐巳さまたちの写真を手に入れて何をするつもりなのだ。乃梨子はムッツリなので、親友として乃梨子が奇行に走らないようにこの写真を保護しなければならない。

「一枚しかないので嫌です」
「「もう一度言ってもらえる」」

「「「ひっ」」」

 ぎしりと、音を立てる薔薇の館。館のそこかしこからキシキシと耳に障る嫌な音が鳴り、出ていた太陽には雲が翳り、突然強くなった風が窓をバン、バンと不規則に高圧的に叩く。
 まるで瞳子と乃梨子の『イイ笑顔』に反応したかのようだ。菜々を除いた山百合会の面々もお姉さま想いの私達を見て歯をカタカタと鳴らすほどに震えて感動している。

「瞳子さまと乃梨子さまなら妹なんですし、蔦子さまに言えばすぐに貰えると思いますよ」

 菜々の言葉には続きがあったようで、それを聞いて乃梨子はすぐに平静を取り戻した。冷静さを失うなんて白薔薇としての誇りを持ってほしい。
 ともあれ、ネガを持っている蔦子さまに言えば問題解決なのだ。そんなすぐに分かりそうなことすら思いつかないなんて私としたことが少し抜けていた。もっと気を引き締めないと。

「こほん。写真の事は置いておくとして、お姉さま……先代紅薔薇さまの福沢祐巳さまが黄薔薇さまの由乃さまと白薔薇さまの志摩子さまに挟まれていたのは事実よ。生徒たちに誤解されてしまうほどに仲が良かったのもまた事実」

 喋っているうちに誤解なのかどうかすら不安になってきた。
 由乃さまにとっては最初にできた最高の親友。
 志摩子さまにとっては、乃梨子が来る前からの数少ない心の居場所の一つ。

 祐巳さまは『THE・にぶちん』だからともかくとして、この2人は何がとは言わないが『ガチ』な気がしてきた。

 祐巳さまたちがご在学中の間も、お姉さまが由乃さまと志摩子さまと間違いを起こさないようにと妹として必死に目を光らせていたがそれでは足らなかったのかもしれない。
 私が御二方を警戒し出したのも全ては由乃さまの言った言葉が始まりだ。
『確かに私は祐巳さんの妹にはなれないわ。でも瞳子ちゃん、あなたもまた祐巳さんの親友にはなり得ないのよ!』
 その言葉はあまりに衝撃的だった。妹としてお姉さまの一番近くに居ると驕っていた自信はそこで砕け、尊敬する先輩方が敵になったのはその時がきっかけだ。
 そもそもあのお二方は……

「ただ仲が良かっただけじゃない。しっかりとぶつかる時はぶつかり合ってたのよ」

 はっ。
 つい自分の思考の海へとトリップしてしまった。乃梨子の方が正気に戻るのが早かったなんて屈辱だ。

「そう。でもどんなに対立しても親友なのでしょうね、喧嘩しても、すれ違いがあっても、誰の助けも借りず、3人の中で解決するの。そこに姉妹関係が関わることはなかったわ。悔しいことに3人には3人だけの誰も入り込めない特別な絆があったのよ」

 乃梨子に乗っかって言葉を紡ぐ。これで取り繕えた筈だ。
 しかし、もう落ち着いてお茶会しながら昔話をしようという心中ではなくなってしまった。とっとと帰って乃梨子と対策会議を開いてこれからの方向性を練らなくてはならない。

「結局の所、とても仲が良かったというだけよ。薔薇さまというネームバリューがそこに尾ひれを生やしただけではないかしら」

 あくまで冷静に。綺麗に纏めて、出来うる限り薔薇として終わらなければ。とてもそうは思えないがそういう着地点を一先ずは作っておくのだ。

「ともかく、今日は仕事もないから解散よ解散。お姉さま方の話はまた今度にしましょう」
「じゃ、私達は先に帰るから。お疲れ様」

 乃梨子もまた私の意思を汲み取り、スパっと切り上げてかばんを持って立ち上がる。

「「ごきげんよう」」

 マリアさまが見ているのだから挨拶だけはしっかりとして帰るのだ。
 ただ、お姉さま達は私達が見ていなければいけない。だから急ぐ。
 私も乃梨子とほぼ時を同じくして立ち上がり、ビスケットのような扉をくぐる。




「乃梨子、勿論今日は泊まりに来るわよね」

 そんなこんなで帰り道、校門までいつもより気持ち早めに歩く。
 蔦子さまの写真の件、祐巳さま達が恋仲云々の噂の件と私達の前に大きな課題が降りかかってきた。

「そりゃね。着替えも置いてあるし、このまま直接行くわ……後で電話借りるわよ」

 乃梨子と2人で溜まった仕事を持ち帰ってこなしたりしているうちに、いつの間にか私の家に乃梨子がいることが多くなった。
 家族も乃梨子の事をいたく気に入っているし、乃梨子の保護者に当たる菫子さんも私の事を信頼してくださっているので迷惑でも何でもないのだけれど。
 ……ただ、タンスを一段占領され続けているのはどうなのかと思うけれど、毎度毎度着替えを持ってくるのも面倒くさそうなので見逃してあげている。
 このまま乃梨子を伴って帰り夕食を食べ、時間短縮の為に一緒にお風呂に入った後、広めのベッドで乃梨子と2人で眠らない夜の会議が始まるのだ。




 所戻って、嵐が過ぎ去って静けさに包まれている薔薇の館。
 今日は普段見ないような薔薇さま方を見れたことから、それぞれが思い思いの感情を抱いているのだが、最後の瞳子と乃梨子の2人を見て全員が同じことを考えていた。

「あの2人は気付いてないんでしょうね……現紅薔薇さま白薔薇さまが実はデキてるんじゃないかって噂されてることに」

 ボソりと呟く菜々に無言の賛同を送る現山百合会のメンバーなのだった。

喫茶リリアン

 祐巳たちが喫茶店を切り盛りしているおはなし。
 プロローグ的な書き方をしたので続くかもしれません……




「ごきげんよう」
「ごきげんよう」

 さわやかな朝の挨拶が澄み切った青空……ではなく、濃く落ち着いたオーク色で統一されたシックな店内にこだまする。
 マリア様のお庭に集う乙女たちが、今日も天使のような無垢な笑顔で背の高い門をくぐり抜けていっている裏で、乾拭きしているカップはシミ一つなく快晴の空に浮かぶ雲の様に真白。
 汚れを知らない心身を包むのは、白い長手のシャツと丈の長めの深い色のスカート。そして、スカートと同じ色のエプロン。アクセントに胸元にワンポントのワッペンと目立たない程度のフリル。

 私立リリアン女学園……の割と近くにある喫茶『薔薇の隠れ家』。
 少々、大通りから離れているもののとある駅からアクセスもよく、温室育ちの純粋培養お嬢様たちに居心地の良さが評判の隠れた名店。
 リリアン近くにあることから『喫茶リリアン』だったり単純に略して『隠れ家』だったりと色々な呼び方をされる。

 一部の生徒は帰り際に寄り道して、そこのマスターにお小言を貰うのだとか。その生徒曰く、お小言が癖になるのだと言っているのはまた別のお話。

 そんな喫茶店がリリアンのお嬢様方に人気なのは、落ち着いていながらリーズナブルなお値段、繊細な舌を満足させる質の高い茶や料理。
 そして、そこで働いている3人のマスターのサービスが親切で、麗しく、リリアン出身の元薔薇さま方だというではないか。

 そんな乙女の園から少し離れた喫茶店のおはなし。

 なんでもそこにはリリアンの生徒や現山百合会の役員、果ては教師まで色々な相談や愚痴を持ちかけたりもするという。
 元紅薔薇さま曰く、ここにいる間は皆が妹なのだとか。









「祐巳さん、志摩子さん、買出しに行って来るわね」
「いってらっしゃーい」

 平日の昼過ぎ。ランチタイムも終わってお客様も丁度良い具合にいなくなり、その後始末も由乃さんと志摩子さんと一緒に殆ど終わらせてしまった。後は、細かなところくらいなもので由乃さんがいなくても問題はない。


 ここはリリアン女学園……から少し離れたところにある喫茶『薔薇の隠れ家』
 リリアンを卒業してから色々と紆余曲折とすったもんだとかなんやかんやあって、親友の島津由乃さんと藤堂志摩子さんの2人と小洒落た喫茶店を切り盛りしている。
 今に至るまでに本当に色々あったのだけれど、全ての切欠はいつか祐巳が呟いた

「これからもずっと……大人になっても3人一緒でいたいね」

 この言葉が元凶なのだと、親友二人は言う。
 勿論、その時の祐巳に喫茶店を三人で切り盛りしようなんて案や、どうこうしたいなんて考えがあったわけではなくただ単純に思ったことを呟いただけだったのだけれど。
 ここを開くに当たってお姉さまである小笠原祥子さまと、妹の松平瞳子が色々と協力してくれて祐巳としては頭が上がらない。……あと、一応柏木さんも協力してくれたりしたけれど祐巳としては複雑である。

「祐巳さんは何か飲みたいものはあるかしら?」

 上品なエプロンで身を包み少しばかり首を傾げる志摩子さん。出会った頃よりも危うさのない落ち着きと、大人の色香と上品さが合わさって思わず生唾を飲んでしまう。美人は三日で飽きるだなんて言うけれど、祐巳には到底信じられない話だ。出会ってからそこそこ長いのだけれども未だにその綺麗さにクラクラする。

「うーん……志摩子さんと同じものでお願い」
「わかったわ。美味しく淹れるから待っていて」

 シンクを拭いたカラーダスターを洗いキツメに絞る。そしてキッチンに一番近いテーブルへと移動して椅子に座った後に軽く伸びをする。
 この時間帯は表の立て看板を引っ込めているので人が来ることも少なく、来たとしても顔見知りの場合が殆どだったりする。個人?経営の喫茶店だから融通が利き易くて伸び伸びと働けるのが祐巳にはお気に入りの点だ。

「お待たせ。マンデリンのブラックよ」
「ありがとー」

 そんなこんなでぽけーっとしていると志摩子さんが良い香りのする珈琲を持ってきてくれた。
 ちなみにこの店は珈琲だけでなく紅茶も置いてある。どちらの味も祥子さまと瞳子、あと一応柏木さんの舌を唸らせるほどの出来栄えで自慢である。飲食店の決め手はやっぱり味なのだ。
 志摩子さんのお姉さまである佐藤聖さまなんて、週に一度はここの珈琲を飲まないと禁断症状が出るとまで言って太鼓判を押してくれた。

「はぁ……癒される」

 祐巳自身が大人になったなぁ……と、一番感じるときは正にこの砂糖の入っていない珈琲を美味しいと思えるようになったときだ。
 それも今飲んでいるのは苦味が強めのマンデリン。苦味が強いといっても舌に刺さるえぐみのある苦さではなく、ほら苦さが深いコクと合わさって絶妙な味わいと後味が楽しめる人気の品種。
 深みのあるしっかりとした苦味はミルクを足してカフェオレにしてもこれまた美味しい。

 珈琲の良さを知ってしまった今では砂糖をドバドバと淹れるのなんてとんでもない!とすら考えてしまうもの。
 ブラックの珈琲なんてただ苦いだけと思っていた頃の自分に、損をしていると教えてやりたい。

「それにしても今日はお客様が少ないわ」
「パラパラと雨も降ってるからテラスも使えないね」
「あのお方も気が滅入ってそうね」
「それだけうちの事を気に入ってくれてるって素直に嬉しいからいいんだけど」

 あのお方っていうのは天気の良い日に来る常連客の一人で、いつもテラスで何かしらの本を読んでいる。
 他のお客様が居ない時は、話し相手にもなってくれる開店前からの付き合いである。……というか元店主なんだけれども、その話はまた今度。

「志摩子さんの淹れる珈琲は相変わらず美味しいなぁ……なんだか飲みやすい気がする」
「そうかしら?私は祐巳さんの淹れる珈琲も好きよ。すごく丁寧に淹れているのが伝わってくるもの」

 そして顔を見合わせて笑いあう。
 余談ではあるけれど、志摩子さんも由乃さんも祐巳もコーヒーのバリスタに関する資格を持っていたりする。あと料理だったり、紅茶に関してだったり、経営に関しても三人できっちりみっちり勉強している。そのことで、令さまが

「いつのまにか由乃に料理の腕を追い越されていて、なんというか……複雑」

 と、ぼやいていたのが記憶に新しい。
 お約束というべきか由乃さんの地獄耳は令さまのその一言をしっかりと聞き取ったらしく、ぷりぷりと怒っていた。
 複雑なんて言っているけれども、令さまの料理スキルも高校の頃より上がっているし、店で提供するものと家庭料理の差があるので、単純にどっちが上手いなんて話ではない気がするけれど。
 経営に関してはリリアン高等部の頃に山百合会として三人とも雑務をこなしていたのが幸いしてか、基盤が出来ていたので結構すんなりと勉強できた。

 店を経営するには生半可なものではダメだと三人で苦難を乗り越えてきたのだ。他の誰でもダメ、由乃さんと志摩子さんがいたから今の祐巳があるのである。

「ふわぁ……」

 お客様が来ているときは自然、気も引き締まって仕事に集中できるのだけれども一度気が抜けてしまうと眠気が出てきてしまう。
 きっと夜更かししてしまった所為である。もういい大人なのだから、夜更かししすぎるとよくないのだけれどもそう簡単に直せるものでもない。

「祐巳さん?」

 ぽけーっと気の抜けた欠伸をひとつついたのに気付いた志摩子さん。
 祐巳へと自然に手を伸ばして頬を優しくゆっくりと触る。少しくすぐったい。

「祐巳さん、また夜更かししたのね」

 志摩子さんに頬を触られるだけで、祐巳の状態がバレてしまう。もう百面相を抜きにしても志摩子さんには嘘をつけないんだなぁ……しみじみ。

「……うん」
「そう、夜更かしした理由ってやっぱり……」

 最近の祐巳は夜更かしばかりする少し悪い子なのである……子、という年でもないのだけれどいつだって心は若いままなのだから放っておいて欲しい。
 身長や童顔も相まって未だに高校生に見られたりするのでなかなか大人の実感がつかめない。志摩子さんなんてすごく落ち着いてて見た目とか抜きにしても雰囲気というかオーラが『大人』って感じがする。

 でも、よくよく考えれば高等部にいた頃から大人だった気がするから、そもそもの資質だということか……不公平だ。

 ともあれ、理由なく夜更かししているほど祐巳もダメ人間ではない。曲がりなりにもリリアン高等部で紅薔薇の大役を仰せつかっていたのだ。そこらへんはある程度きっちりとしているつもり。
 ならば何故に夜更かしを続けているのか。それには(祐巳にとっては)マリアナ海溝よりも深い理由があるのである。

「そんなにカレーが大事かしら?」
「大事だよ!喫茶店といえばカレー!カレーといえば喫茶店!」

 眠気を押し退けて、頬に触れる志摩子さんの手を両手で包みながら、勢いよく立ち上がり力説する祐巳。
 その勢いに思わず目を丸くしている志摩子さん。しかし、判ってもらわなければならないのだ。喫茶店にカレーは必要なのだと。

「喫茶店にカレーって付き物だって言う私の勝手なイメージはあると思うの。ここのメニューはどれも美味しくて今更カレーがなくたって十分やっていけるのはわかってる」

 このお店……『薔薇の隠れ家』というのは三人でいきなり開店したわけではなく、単純に言えば譲り受けたというか、継いだというか……そういうものなのである。
 なのでメニューなんかも昔の物だったりを受け継いだり、改良したりしているわけだ。

「でも、カレーに限った話じゃなくて、新しく看板メニューの一つでも作れるようじゃないときっとダメだと思う。それに実際商品にならなくても、この経験が生きる機会がきっと来るはずだから」
「そう……」

 志摩子さんは柔らかに微笑んで立ち上がった。
 もう片方の手のひらで祐巳の手をふんわりと包み込む。

「それなら私も手伝うわ。きっと由乃さんもね」
「へ?」

 思わず気の抜けた声が出てしまった。
 志摩子さんはそんな祐巳をみて少し、口を尖らせる。

「水臭いわ、祐巳さん。そんな風に考えているなら言ってくれればいいのに」
「で、でもそんなのは後付けで、キッカケは私の勝手なイメージだから……」

 立派な理由はあっても、切っ掛けは祐巳の思い込みに過ぎない。そんなくだらない事に付き合ってもらうのは忍びないというかなんていうか。

「後付けでも、そう思ったのは事実なのでしょう?なら問題ないわ」

 それに……と付け加える。

「私も最近は喫茶店にカレーは外せないのではないかと思ってたところなの」

 パチリとウィンクする志摩子さんは、とってもお茶目で子供っぽかった。

「カレーの話は追々していくとして、少し仮眠でも取ったらどうかしら?」
「そこまで酷い顔してる?」

 寝不足の嫌いはあるけれど、態々仕事を休むほどの疲労は感じていない。

「いいえ。でも、私や由乃さんには祐巳さんが疲れているってことがわかるわ。祐巳さんは昔から頑張りすぎる所があるから、こうしてガス抜きさせてあげないとダメなの」
「ダメなの……って言われても」

 祐巳もちゃんと学んで自己管理はできるから、今では無理のしすぎで倒れるなんてこともしなくなっているのだけれど志摩子さんはきっと聞く耳を持ってくれない。
 志摩子さんは意外と頑固モノなのだ。

「それじゃあ、ちょっと眠らせてもらうね。忙しくなったら呼んで」
「分かったわ。直に由乃さんも帰ってくるだろうしゆっくりおやすみなさい」

 祐巳は志摩子さんの好意に素直に甘えることにした。

 一階にある小さい応接間のソファに身体を放り投げて思い切り伸びをする。
 応接間と言っても、喫茶店なので殆ど使われることがないので実質的には物置だったり制服に着替えたりする部屋と化しているのだけれど。
 二階の祐巳の部屋で休んでもいいのだけれど、忙しくなったときに呼びやすいということでここで眠ることにしよう。

「うぅ、ん……」

 祐巳の思っていた以上に身体は疲れていたようで、ソファに横になるとすぐに睡魔が祐巳を包み込む。
 自分の身体のことなのに、志摩子さんの方が把握していてなんだかなぁ……それもまあいいかなぁ……なんて考えているうちに意識は沈んでいった。





「んぅ……」

 ぼんやりとした意識。
 寝ぼけている頭でなんとか理解したのは仮眠を取っていたということ。

「あら、起きた?」

 ゆっくりと瞼を開けると、こちらを見下ろすように三つ編の似合う可愛い女性の顔。

「おはよう、由乃さん」
「はい、おはよ」

 寝起きに由乃さんの甘くて心地よい声。その心地よさに思わずまた眠ってしまいそうになるけれど、なんとか踏ん張る。

 その心地よさは由乃さんの声だけの力ではなく、祐巳が枕にしている由乃さんの太腿の力も大きい。
 祐巳の意志の力も由乃さんの膝枕の魅力には敵わないようで中々起き上がることが出来ない。

「志摩子さんが、今は暇だから休憩でもどうぞってね。それでここに入ったら祐巳さんが寝てたから」

 由乃さんも買出しから帰ってきた後に、ここで休んでいたということらしい。

「あんまり疲れてなかったんだけど、祐巳さんの寝顔を見られたってことでラッキーって感じかしら?」

 ラッキーだなんていわれても、今更祐巳の寝顔なんて見慣れているだろうに。

「私も、由乃さんの膝枕で寝られてラッキー」

 そう言ってスリスリと由乃さんの太腿に頬をこすりつける。

「ちょ、ちょっと祐巳さん、くすぐったいってば」
「極楽じゃー極楽じゃー」

 寝ぼけている勢いで、目の前に広がっていた由乃さんの下腹部分に顔を埋める。

「祐巳さん、いい加減に……」
「よいではないかぁ」

 そんな由乃さんの言葉なんて無視して、由乃さんのお腹に顔を埋めながら深呼吸する。
 志摩子さんも由乃さんも一体全体どうしてこんなにいい匂いがするのだろう。

 可愛い由乃さんは反応まで可愛くて、一粒で二度美味しい。ありがとう。合掌。

 この極楽をほぼ独り占めできる親友というポジション。役得である。
 きっと由乃さんか志摩子さんが彼氏か婚約者でも連れてこようモノなら一発ぶん殴って追い返してしまう。それくらいに2人が魅力的で大好きなのだ。

「いい加減に……しなさい!」
「あいたっ」

 ごちん、と由乃さんの鉄拳制裁が祐巳の脳天へと突き刺さった。悪乗りしすぎてついに由乃さん火山が噴火してしまった。
 鉄拳制裁を落とした後に、下腹部に引っ付き虫をしていた祐巳を力ずくで引き剥がし座らせる。

「あぁ……」

 名残惜しい。せめてあと10分くらいは由乃さんを堪能したかったというのに。

「『あぁ……』じゃないわよこのバカ!」
「いたっ」

 お次はデコピン。流石にやりすぎたのかもしれない。
 そんな由乃さんは顔を耳まで赤くして、呼吸が乱れていてなんだか色っぽかった。

「だって由乃さんが良い匂いするのが悪いんだもん」
「悪いんだもんって、ねぇ……」

 こんな悪ふざけができるのも由乃さんと志摩子さんだけだ。気心の知れた仲だからこそ過剰すぎるスキンシップだって取れる。
 だれかれ構わずこんなことをしている祐巳じゃあない。

「祐巳さん、だんだんと聖さまに似てきてるわよ……」
「んな……!」

 祐巳が主導を握っていたと勝手に思い込んでいたその流れは、由乃さんのその一言によってあっさりと断ち切られた。

「私が……聖さまに?」
「うん。セクハラもそうだし、セクハラ中の言動とかも聖さまそっくり」

 思わず頭を抱える祐巳。
 別に聖さまが嫌いなわけではなく、好きか嫌いかで言わなくても好きな人で心から尊敬している人だ。
 しかし、聖さまを聖さまたらしめている悪癖……『中年オヤヂのようなセクハラ』の部分なんかが似ていても流石に嬉しくはない。

「志摩子さんも、この間同じこと言ってたわよ」
「志摩子さんまで!?……うぅ、これも全部聖さまの所為だ」

 聖さまは間違いなく祐巳の人生に大きな影響を与えた一人だ。
 故に、この聖さまのような悪癖が祐巳に伝染してしまったのも元を辿れば聖さまが原因なのだ。

 恨んでやるーっとここにはいない聖さまに向かって念を飛ばす。

「とりあえずこのお説教は夜ね」
「はぃ……」

 由乃さんは祐巳に大きな傷を負わせても尚、気は済まない様で、仕事や夜の食事などが終わった後にお説教に来ることが確定してしまった。

「それと、カレーの件も志摩子さんから聞いたからそれもお説教よ」
「へ?」

 この気の抜けた声が出てしまう癖、意識していれば止めれるのだけれど、大抵の場合は意識していないのだから結局治らないのだ。

「切欠は祐巳さんらしいけど、しっかりした考えがあるんだから言ってくれないと拗ねるわよ」

 志摩子さんの口からカレー云々の話が由乃さんに伝わっている。
 切欠が切欠だったから言わなかったのだけれど、親友的には許せなかったらしい。

「何より、祐巳さんが寝不足になっているのなんて見たくないから一人で抱えないこと。分かった?」

 人差し指を立ててずいっと祐巳に迫る由乃さんの勢いに思わず頷く。

 それほど大したことじゃないから黙っていたつもりだったのだけれど、そんな事言っても
『そういうのが一人で抱えてるって言うの!』
 と、由乃さんからの愛の篭ったお怒りを受けるに違いない。




「それじゃあ祐巳さん、戻るわよ」
「うん、そろそろ時間だろうし」

 由乃さんに促され、畳んでいた深い色のエプロンを着て由乃さんに軽く髪を整えてもらって店に戻る。

 そろそろマリア様の庭に通う、悩み多き子羊達が帰宅している頃合だろう。
 そして、どこから知ったのか物好きな一部の子羊たちがこのお店にやってくる時間だ。

「志摩子さん、休憩ありがとう」
「ゆっくり眠れたかしら?」
「うん!」

 応接間を出て、志摩子さんにお礼を言うといつもの柔らかな笑顔を返してくれた。

 さて、気分を切り替えて仕事に励まなくては。

――カランコロン。

 ほら、来た。
 美味しい紅茶やコーヒーと、静かで落ち着いた店内。
 そして、心安らぐひと時を過ごしてもらうのが祐巳たちの仕事であり、楽しさ。

 それとこの店にはもう一つ特徴があるのだ。
 来店した時の挨拶……それが『いらっしゃいませ』ではない。
 リリアン出身の元・三薔薇さま。ならばその挨拶もリリアン式。

 ドアをくぐったお客さまに、上品に優雅に親しみを持って声をかけるのだ。

「「「ごきげんよう」」」

最終兵器福沢祐巳

普段はいじられキャラの祐巳ちゃんがアルコールの力で色々な意味で最強になる頭の悪いおはなし。
「抱いてきた女の残り香が私の香水よ」とか言わせたかったけど、流石にムリでした。そのうちどこかで使いたいです。




「祐巳、どうしたの?」

 所はリリアンの校舎の片隅。
 桜が我よ我よと主張するかのように咲き乱れる春。
 誰が言い出したか、こんなにも綺麗な桜があるのに花見をしないのはもったいないことこの上ないとのこと。
 せっかくだから、山百合会の皆で集まってお花見をしようという事になった。
 各々が予定を組み、時間を合わせて、飲み物食べ物持ち寄って、天気のいい日に集まってお花見だ、というわけである。

 卒業したばかりであるお姉さま方も来られ花見は大いに盛り上がりを見せた。

 ということで冒頭に戻るわけである。
 新紅薔薇である祥子が卒業してしまった前紅薔薇でありお姉さまでもある蓉子と妹であり紅薔薇の蕾である祐巳と一緒に、皆が持ち寄った食べ物をつまみながら雑談を楽しんでいると祐巳が顔を赤らめてぼんやりとしていた。

「あぁ、祐巳ちゃんが飲んじゃったのね」

 祐巳の様子を見てどこからともなく出てきたのは前黄薔薇である鳥居江利子、その人であった。
 祥子と蓉子は思わず顔を顰めた。江利子は物事の大半を面白いかそうでないかで判断する厄介な性分を持つ人間なのである。なまじ、キレる頭を持ち合わせているのが質の悪さに拍車をかけている。

 きっと、今度も面白くなりそうだということで何かを仕込んだのだろうと紅薔薇姉妹は内心ため息を着いた。

「それで、今度は一体何をしたの?」

 呆れながら、祐巳がこうなったのはどういう事なのかと江利子に問う蓉子。
 祥子は大事な妹に何をされたのかと気が気ではないのだが、焦って江利子を楽しませるのも癪なので平然を装っている。

「買ってきた飲み物の中に間違ってお酒が入っちゃっててね。誰かが気付いて飲まないだろうと思って言わなかったのよ」

 口ではそういうものの、あわよくば誰かが間違って飲んで面白いことになればいいなんて思惑が目に見えていた。

「ちょっと、なんでお酒なんて買っているのよ……」

 呆れるというかなんというか……仮にも薔薇さまと言われていた人間がお酒を買っているなんて聞いたら山百合会のファンは卒倒するかもしれない。

「あれ~、祐巳ちゃんまさかウーロンハイ飲んじゃったの?」

 次に入ってきたのは前白薔薇である聖であった。江利子の計画に聖も一枚かんでいたようでニヤニヤとした笑みを浮かべている。

「あ、あぁ……あああぁ……」

 祥子が頭を抱えてその場に蹲った。流石に前薔薇さまの三人も祥子のその悲壮感溢れる声に驚く。

「祥子、どうしたの?」

 見兼ねて、姉である蓉子が声をかける。普段は毅然とした態度を貫こうとする祥子がこうも取り乱すとはただ事ではない。

「祐巳は間違いなくお酒を飲んだのですよね?」
「え、えぇ。祐巳ちゃんの近くに栓のあいたウーロンハイの缶があるし聖と江利子の言ってることが本当だったら間違いないわ」

 それを聞いた祥子は更に顔を青ざめさせる。祥子がここまで取り乱すとなると周りの人間も全員どうしたものかと祥子の方を向く。

「祥子、どうしたの?もしかして祐巳ちゃんにアルコールは御法度だった?」

 顔を青くした祥子を見て、聖は冷静に状況の理解に努めようとする。
 面白半分でアルコールを持って来たのは考えが足りなかったのではないかと聖と江利子の2人は自身の浅慮を恨む。

「い、いえ、違いますわ。祐巳がお酒を飲んで危ない目に会うのは私たち……」

 予想していなかった祥子の言葉に花見に来ていた山百合会のほぼ全員が頭の上に疑問符を浮かべていた。

「祥子、それはどういう……」
「ゆ、祐巳さん!?」



 蓉子の声を遮ってリリアンの生徒にあるまじき大きな声をあげたのは、リリアンでもトップクラスの上品さを持っている藤堂志摩子だった。

「志摩子さんって本当に綺麗」

 そしてその志摩子が声を上げる原因を作ったのは不幸にも間違ってお酒を飲んでしまった福沢祐巳、その人だった。

「志摩子さんは私のこと好き?それとも嫌い?」

 その声の方に一同首を回すとアルコールの所為か頬を紅潮させ目をトロンとさせた祐巳が、座っている志摩子の膝の上に座って抱きついていた。

「す、好きよ……?」

 祐巳の独特な雰囲気に押されよく分からないまま質問に答える志摩子。質問が質問だったから志摩子も頬を少し赤らめている。

「私も志摩子さんの事大好き!」
「んぅ!?」

 それはもう流れるようなハグからのキスだった。
 志摩子は目を白黒させてどうにもこうにもできずに、祐巳のキスを拒む間もなく受け入れた。
 唇が触れ合うだけのフレンチキス。触れては離れ、離れては触れる。何度も何度も止まらないその啄ばむようなキス。最初は驚いたものの少ししたら多少の思考能力は戻る。少し力を入れて祐巳を押し返すだけでいいのだ。ただそれだけで今のこの望んでいない状況は打開できる。
 なのに、その少しができない。止めさせなければいけないと頭では理解しているのに自身でも理解のできない熱が沸いて来て今の状況を喜んでいた。

「志摩子さん、どこにも行かないでね。志摩子さんがどんなに嫌がっても離れてなんかあげないからね。わかった?」

 祐巳のキスの雨がやんだかと思うと何故かどうしようもない寂しさが志摩子を襲う。自分も理解できない寂しさに動揺をしていたら、耳元で囁かれた。その言葉と吐息は志摩子の動揺を大きくし、更に顔を赤くさせた。

「わかったら返事をして?」

 耳にかかる吐息。鼓膜をくすぐる甘い声。祐巳の声は志摩子の思考をドロドロになるまで蕩けさせる。

「わかり、ました……」

 志摩子は何故か、今の祐巳の言葉を拒否することができなかった。出処のわからない「従いたい」という欲求がとめどなく溢れてくる。
 志摩子の理性はドロドロに蕩け、後に残るのは甘い甘い祐巳に誘われてしまう本能だけ。

「わかったならいいよ」

 そう言って抱きしめる力を更に強く、再び志摩子にキスをしようとする祐巳。
 最早、志摩子にはそれを拒否するなんて選択肢はない。

「んん!?」

 キスをされることは分かっていた。それを受け入れるつもりでいた志摩子だが、予想していなかった新しい刺激に普段上げないような声をまたしてもあげてしまう。
 抵抗する間もなく唇を優しくするりと開き、祐巳の舌が志摩子の口内へと侵入する。
 驚いたもののその驚きはすぐに快感と形を変えて志摩子を襲う。祐巳の舌が志摩子の歯茎をなぞり、舌を絡めてくるのだ。祐巳のキスは強引なのに甘く、そして優しく志摩子を捕らえる。
 なすがまま与えられる快楽を受け入れることしか出来ない志摩子。志摩子の口内に泉のように溢れる唾液が祐巳の唾液と混ざり合い、それを祐巳に水音を立てて吸われると今までの人生で一度も感じたことのないレベルの快感と背徳に押しつぶされる。

 志摩子からは理性も思考回路もとうに消え、ただ祐巳の舌に弄ばれ、祐巳の口から流れてくる唾液をこくこくと飲むだけの意識しか残っていない。

 一分以上も続いたその深い深いキス。
 祐巳はゆっくりと名残惜しそうに志摩子の口から離れる。離れるのを拒むかのように2人の口からは唾液でできた銀の糸が伸びていた。
 祐巳はそれを指で絡め取って口に含む。
 そして再び志摩子の耳に口を寄せて

「どこにも行かせてあげないから」

 志摩子はこくりと小さく頷いた後、魂が抜けたかのように惚け、桜をぼーっと見つめていた。



「祥子……あれ、ほんとに祐巳ちゃんなの?」

 一部始終を見ていた一同、静まり返るその中で最初に口を開いたのは蓉子だった。

「はい……どういう訳か祐巳はアルコールの類を摂るとあんな風になってしまいますの」

「……スケコマシ」

 誰が言ったかスケコマシ。普段の祐巳には全く似合わない言葉なのだが、今の酔いの入った祐巳にはこれ以上ないくらいピッタリの言葉だった。

 誰も声を出せないでいると、祐巳がすくっと立ち上がり周りを品定めするかのように見回した。
 その場にいた全員が祐巳の目を見て悟る。祐巳は次の獲物を物色しているのだと。

「よし、私に任せて」

 立ち上がったのは前白薔薇であり、同時に志摩子の姉でもある聖であった。
 誰かがあの状態の祐巳を宥めなければならない。
 ならば原因を作った一人でもある自分が行くべきだと責任を感じているのである。
 それに同性とのキスと言った事で、最も抵抗がないのは明らかに自分なのだ。キスの一つや二つくらいならばなんの問題もない。

「聖さま、貴女では祐巳を止められません」

 そう言って立ち上がった聖を止めようとする祥子。

「そんなのやってみなくちゃわからないでしょ。それに曲がりなりにも私は祐巳ちゃんの先輩なのよ。後輩にビビって逃げるのなんて情けないじゃない」

 祥子の忠告もそこそこに聖は祐巳の方へと近づいていった。周りの山百合会のメンバーは固唾を飲んで見守っていた。
 ただ、祥子だけが悲観的な……祐巳を止めようとしても無駄だという表情を浮かべていた。

「やぁ、祐巳ちゃん」
「聖さま……」

 祐巳の前に立ち、いつも通りの気さくな先輩にならなくてはならない。今の祐巳に隙を見せてはいけないと聖は本能で理解していた。できるだけ平静を装って、出きる限りいつも通りを心がける。

 見つめ合うこと十数秒。
(やめとけばよかった……)
 と、聖は自身の浅はかさを今更になって責めた。
 いつか、聖は同族は匂いでわかると言った。そしてそれ以上に、天敵は本能で理解してしまうのだ。
 なにが先輩が逃げたら情けないだ。もう少し早く今の祐巳をちゃんと知っていればよかったと悔いていた。
 祐巳の目は完全に捕食者のソレであった。何時ものように透き通るような真っ直ぐな目ではなく、吸い込まれる海のような色を含んでいる。
 そして何より、自身への視線がいつもとは全く違ったのだ。祐巳の目は聖のことを子羊として見ていた。聖が気づいた頃にはもう遅い。
 聖の本能が告げる。
 この祐巳ちゃんは全女性に対して負ける事はない。祐巳ちゃんからすると今この場は可愛い子羊が食べ放題の楽園に等しいのだと。

「聖さま!」
「ちょっ、祐巳ちゃん!?」

 聖の首に両手を回し抱きつく。突然バランスを崩され、祐巳の顔が聖の顔に吸い込まれるように近づいてくる。

(来るか……!?)

 咄嗟の事で聖は拒否することも、逃げることも出来ずに祐巳が近づいてくるのをただ待つだけとなった。
 志摩子の時とは違い、いきなりなんだな。
 だなんて事を考えられるくらいには余裕がある。これも元から予想していたのと同性とのキスへの抵抗のなさのお陰か。

 そんな事を考えていた。

「ひゃっ!」

 その余裕は一瞬にして崩れ去った。
 祐巳の舌がなんの躊躇いも容赦もなく聖の左耳への侵入を果たしたのだ。

「は、ふぅ……」

 予想外だった。想像だにしていなかった経験したこともなかったその刺激は聖が普段出さないような声を出させるに至る。
 耳の中で舌が僅かでも動く度、熱した鉄を突っ込まれたかのような容赦のない快感が聖を襲う。
 舌の動きに合わせ耳の中で淫らな水音が響き、その音が更に聖の精神を燃やし、焦がし、溶かす。

 聖の膝は産まれたての子鹿のようにガクガクと震え、ついに耐えきれなくなったのか床へぺたんと座り込む。

「ゆみ、ちゃぁん……」

 数分前までの先輩風を吹かせていた聖はどこへやら、腰砕けになり座り込んで顔を上気させ祐巳を見上げるその表情は何時もの聖を知っている人達から見れば余りにも衝撃的だった。

「聖さまったら、仕方ないですねぇ」

 座り込んだ聖に合わせるように祐巳も膝を畳んで座り、聖の顔を両の手のひらで包み込んで引き寄せた。

 そして志摩子にしたのと同じように、深くて甘い素敵な毒を含んだキスを聖に落とす。
 すぐに目をトロンと蕩けさせ、終わった頃には志摩子と同じようにポーッと虚空を見つめていた。



 場は再び誰も口を開かない静かな、そしてどうしょうもないような空気に満ち満ちていた。聖の状態を目の当たりにして誰もどうしたらいいのか戸惑っていた。
 ただ一人祐巳だけは再び周りを見渡し、ある一人を見定めると目を細めにっこりと可愛らしい笑みを浮かべて歩き出す。

「江利子さま、楽しんでますか?」

 聖を骨抜きにした祐巳が次に目を付けたのは江利子だった。

「え、えぇ。楽しんでるわよ」

 なんでもないように振る舞ってはいるが、頬には冷や汗がたらり。
 江利子にとって今の状況は面白かったのだが、イマイチ楽しめなかった。いくら楽しいとはいえ、その矛先が自分に向いてしまうのはたまったものじゃない。

 ちょこんと江利子のとなりに座り込んで江利子の肩に頭を預ける祐巳。

「祐巳ちゃん?どうしたの?」
「少し、聞いてもらってもいいですか……?」

 さっきまでの狼のような祐巳はどこへやら。小動物のように大人しくなって江利子の傍に控えるその姿は姉妹にすら見える程に自然に収まったのだ。最初からそこが自分の低位置のように。

「えぇ、なにかしら?」

 警戒心は忘れずに、されどそれをおくびも出さないように答える江利子。

「その……ですね。江利子さまともっと一緒にいたかったなぁって」

 しおらしく呟いて江利子に更にしなだれかかる。

 ごくり、と思わず生唾を飲む江利子。
 自分は至ってノーマルで同性に対して恋愛感情やそういった類の感情を抱くことは一生ないだろう。そう思っていたのだが今の祐巳には流石の江利子といえども思わずドキリとさせるものがあった。
 祐巳の柔らかすぎる性格と明るく純粋な心を誰も拒否することが出来ない。勿論それは江利子も同様だった。

「江利子さまともっとお話したかった。一度くらい江利子さまと一緒に出かけたかった……」

 祐巳がぽつりぽつりと江利子の肩に頭を預け、桜を見ながら呟く。
 普段の祐巳からは考えられない儚さに江利子の中にある先ほどまでの祐巳の記憶はどこへやらと散ってしまった。周りの桜が祐巳を引き立て、江利子の意識を惹く。
 自分は祐巳との関わりが比較的浅かったことを後悔している節があるのは確かなのだ。
 これまで自分たちの周りには居なかったタイプ。何事にも等身大でぶつかっていくその姿勢は見ているだけで楽しく、こちらまで暖かい気持ちになる。彼女は江利子の高校三年間の最後のデコレーションをしてくれたのだ。
 短い間とはいえ、間違いなく福沢祐巳は江利子の高校生活には欠かせなかった存在なのである。 そう、自分から一方的に思っていただけだと思っていた。

「もっともっと江利子さまと一緒に楽しいことを追いかけたかったです……」

 自分だけではなく祐巳もそう思っていたのだと知り、柄でもなく胸にじんわりとしたモノが込み上げてくる。

「大丈夫よ、リリアンを卒業しても人との繋がりに卒業なんてないんだから。これからだって楽しいことを追いかけることなんていくらでもできるわ」

 祐巳の手に自分の手を重ねる。江利子よりも少しだけ暖かかった。

「本当ですか?」
「本当よ」
「本当の本当に?」
「本当の本当よ」

 しばらく見つめ合うこと数秒。ただ目があっているだけなのに心が祐巳の目に吸い込まれる。

「じゃあ、証をください」
「証?」

 こくりと首を傾げる江利子。
 一体何を上げればいいのだろうと思案する。カチューシャか、まさかロザリオなんて事は祐巳に限っては言わないだろう。

「キス、してください……」
「キス?」

 祐巳がいじらしくこくりと頷く。
 最早、江利子には目の前の祐巳しか見えてない。聖との出来事なんて記憶の片隅にも残っていなかった。

「高校生活の思い出を……江利子さまを一生忘れられないくらいの証を、繋がりを、刻んでください」

 そう言って目を瞑る祐巳。
 一瞬、どうしたものかと悩んだもののここで引くような鳥居江利子ではない。
 高校生活での足りない思い出は全部いまここで埋めてしまえばいい。これからの人生に祐巳というエッセンスは欠かせないのだ。だから祐巳には忘れられないように鳥居江利子という存在を刻んでやろう。

 江利子は目を瞑っている祐巳の顎に指を添え、そっと顔を寄せ……



 まさか、あのいつでも余裕を持っていて何かあっても高みから見下ろしてせせら笑っている江利子までもが陥落するとは誰もが思っていなかった。

「お姉さま……」

 江利子の妹である令の内心はなんだか複雑だった。
 姉が聖のように半ば強引にキスでもされようものなら割って入ってでも止めるつもりだったのだが、目の前で行われたやりとりが余りにも自然で小説の中のワンシーンのようだったので止めようなんて微塵も思い至らなかった。
 最終的にキスをしたのだが、今のやりとりを見てしまうと嫉妬すら湧いてこない。それ程までに自然。舞台を見せられているといっても納得できてしまう。
 複雑なのは、姉が他所様の妹にキスをしているのに嫉妬の欠片も湧いてこなかった所為なのである。

 流石にそれは妹として姉に関心なさすぎなのではないか、薄情なのではないかとの葛藤に苛まれていたらグイッと腕を引っ張られた。

「令ちゃん、私たちで祐巳さんを止めるわよ」

 腕を引っ張ったのは令の妹である由乃だった。
 江利子は祐巳とのキスを終え、やり切ったからかポーッと心ここに在らずモードになっていた。

「でも、私たちが行ったところで祐巳ちゃんを止められるの?」

 いくら自分自身の意志で祐巳に落とされないとは思っていても、前例をいくつも見てしまうと流石に自信がなくなるというもの。
 白薔薇は姉妹揃って祐巳の事が好きなのは分かっていたからまだ納得できたが、まさか自身の姉までもが陥落するだなんて思ってすらいなかったのだ。

「止められる、じゃなくて止めるのよ!親友としてあんなスケコマシの祐巳さんは止めなくちゃ!」

 堂々とスケコマシって言っちゃうんだ……と一同思うものの、事実なので誰も文句を言わなかった。あの祥子までも、妹がスケコマシ呼ばわりされているのに異議を申し立てなかった。
 珍しく申し訳なさそうな表情までしている。
 その表情で祥子は以前にもこの状態の祐巳との間で何かしらがあったのだろうと推測できるが、今はそんな事を追及する余裕は誰にもない。現状をどうにかするだけでいっぱいっぱいなのである。

「一人で止めようとするからダメなのよ。二人でいけば祐巳さんもどうしようもないでしょ?」
「あぁ、確かに」

 わざわざ一対一になるから祐巳のペースに乗せられて独特の雰囲気を作られたのだ。
 二人ならば同時に口説き落とされるなんてこともなければ、ペースを持って行かれることもない。よしんば危なくなっても片方が助け舟を出せばいい。

「よし、祐巳さんを止めに行くわよ令ちゃん!」
「えぇ、これ以上は誰のためにもならないから早く止めないとね」

~ダイジェストでお楽しみ下さい~

「由乃さんの背中、本当に綺麗……うん、ずっと触ってたい」
「ひゃ!ち、ちょっと祐巳さん!?ど……こに手を入れ、ふぁぁ」
 背骨に沿って指を艶かしく由乃が最も敏感になるように触る。

「令さまってカッコいいけど、それ以上に可愛いですよね……こんな声出しちゃって、本当に可愛いです」
「ひゃ!ち、ちょっと祐巳ちゃん!?そんなとこ、ろ、噛まない、でっ!」
 令のうなじに鼻先を近づけすんすんと匂いを嗅いで、そのまま噛み付く。

 なんやかんやあって……
「ゆみちゃん……」
「ゆみさん……」

 こうなりました。



「ちょっと祥子、あの祐巳ちゃんってどうやって止めればいいのか知らないの?」

 白薔薇姉妹が最初に陥落、次いで黄薔薇ファミリーも全滅し、残るは紅薔薇のみとなる。

「しばらくしたら眠くなって、眠りにつくはずですわ。……ただ、それまではどうしようもありません」
「そう……まさか祐巳ちゃんが酔うとこんなことになるなんて私も考えたことなかったわ」
「私もですわ。普段の祐巳を知っている分、こうなるなんて自分の目で見なければ信じられません」

 山百合会の全員が祐巳に対して持っているイメージとしては、正直すぎてからかわれたり、いつも色々なことに振り回される根っからの被害者体質というか巻き込まれ体質であるというのが考えの底にあった。
 今の祐巳はそれとは対極。甘言で心を奪い、上級生でさえ振り回している。
 普段振り回されているから、その反動であんな風になってしまったのかとさえ思える。

「眠るまで、か。それまで、ただ見てるっていう訳にもいかないしちょっとキツくお灸を据えないといけないわね」
「ですが……!」

 今度は蓉子が祐巳を止めると意志を固める。
 今の祐巳を見てても眠るような気配は一切見せない。それまでの間、あの祐巳を放置することを蓉子はとても容認できなかった。

「分かっているわ。でもね、あの娘は私の孫なのよ。大事に思ってないわけがないの。だからこそ私が止めに行くのよ」

 そう言って蓉子は祥子にウィンクを飛ばす。
 此処までくれば祥子も祈ることしかできない。それがなにより悔しかった。
 姉である蓉子と協力して祐巳を止めたいと思ってはいるけれど、絶対に足を引っ張る結末しか見えない。どれほど心を強く持とうとしても、過去に一度今の……『スケコマシ』祐巳との記憶がどうしても蘇ってきて、酔った祐巳の言葉には到底逆らえる気がしなかった。


 意を決した蓉子はゆっくりと祐巳へと歩みを進めた。

「祐巳ちゃん、貴女ちょっとやり過ぎよ」

 蓉子は、まさか無条件で甘やかすものだと思っていた祐巳を叱ることになるとはまさか思ってもいなかった。

「蓉子さま……!」

 祐巳は蓉子を見て、ぱあっと何時もの無邪気な笑顔を浮かべる。
 その笑顔を見て、祐巳を叱る事への抵抗を覚えるがなんとか動揺を抑えて自分を保つ。

「祐巳ちゃん、貴女はリリアンの生徒なのよ。分かっているのかしら?」

 蓉子の声のトーンを察し、笑顔を曇らせ俯く祐巳。
 感情が表に出るのは酔っても変わらないようで、祐巳が落ち込んでいるのがひしひしと伝わる。
 蓉子としても、お酒を意図せずに飲まされた祐巳を責めるのは中々心が痛かった。
 元を辿れば酒を買ってきた江利子と聖が原因なのだが、その2人は心ここに在らず。何を言っても、届かないのは明白だった。

「それに山百合会の一員なの。将来的には貴女も山百合会を引っ張っていくのよ。その事を胸に刻んで、自覚を持たなければダメ」
「はい……」

 暗い顔で、こくこくと頷く祐巳の目には涙が滲んでいた。

「蓉子さま、ごめんなさい……」

 俯いたまま顔を上げず、蓉子へと謝まる祐巳。

「顔を上げて頂戴。私は祐巳ちゃんの笑顔が好きなのよ」

 蓉子も本気で祐巳に対して怒っていたわけではない。飲みたくもなかったお酒を意図せずに飲んでしまったからこうなってるだけなのだ。怒っているのじゃなく、ただ祐巳を止めようと思ったに過ぎない。

「はい、ここに座って。はい、口を開けて」

 反省をしたのならもう構わない。これ以上怒りたくもないのに祐巳を叱る必要もない。
 そう判断して、蓉子は座らせた祐巳の口に一口サイズのマドレーヌを食べさせる。おずおずと差し出されたマドレーヌを食べる祐巳はさながら小動物のようであった。
 大の甘党なのは酔っていても変わらないようで、涙目のまま口元を綻ばせる祐巳。

「かわいい」

 思わず口をついて出たその言葉は偽りなく本心であった。

「はい、もうひとつあるわよ」

 咀嚼し、飲み込んだ祐巳にもう一度マドレーヌを持って行くと今度は勢いよく飛びついた。
 余りに勢いが強過ぎて蓉子の指までパクリと咥え込んでしまった。

「ちょっ、祐巳ちゃん!?」

 突然人差し指に訪れた生暖かいような感覚に蓉子は驚いてしまう。
 蓉子の動揺を尻目に、祐巳は器用にも蓉子の指を咥えながらもマドレーヌだけを咀嚼し嚥下する。
 マドレーヌが食べ終わったにも関わらず、祐巳は蓉子の指を美味しそうにくわえ込んでいる。
 突然の出来事に蓉子の思考回路は仕事をボイコットしているのか何を言えばいいのか全くわかっていない。

「ん……」

 一心不乱に愛しそうに蓉子の指をはむはむと舐る祐巳。
 赤子のように必死で自分の指を咥える祐巳を見ていると、蓉子の中の新しい扉が開きそうになる。

「祐巳ちゃん、離れなさい!」

 腐っても鯛、卒業しても薔薇様。
 蓉子は、開きそうになった扉を力ずくでバタンと閉じて、鋼の精神力の鎖でドアを開かないようにして抑え付けた。

「……?」

 何を考えてるかわからない顔で首を傾げる祐巳。
 蓉子は祐巳の余りの恐ろしさに戦慄を覚えざるを得なかった。あれだけ警戒して、ペースを持って行かれないようにと心がけていたのに心の隙間に狡猾な蛇のごとくスルリと入ってきたのだ。

(落ち着きなさい、私。祐巳ちゃんのペースに乗せられてはダメよ)

 乗せられてはダメとは言うものの、祐巳がそれを意識してやってない。故に、自然に流れるようなスキンシップ(過度)に移行されても反応が遅れる。

 何気無く近くにあったチョコレートを何個も口の中に放り込む。
 一度自分の中のリズムを取り戻すために、別の事を挟みワンテンポ置く。そうすることによって動揺なんかをリセット。

 この際、少し位はしたなくたってマリア様だってきっと見逃してくれると信じよう。

「蓉子さま、私もそれ貰ってもいいですか」

 唯一の誤算は、マリア様が見逃してくれても、祐巳が見逃さなかった事だ。
 返事も聞かずに祐巳は蓉子へと抱きついた。

「ゆ、んんんっ!!?」

 祐巳に優しく抱きつくようにふわりと押し倒され、反射的に口を開こうとした所に蓉子の口腔に祐巳の舌がスルリと侵入。
 祐巳の小さく柔らかい身体はの体温は高く、それを感じて心臓の打つ速度が早まる。
 唇に感じる祐巳の舌があまりにも柔らかく理性が蕩けそうになる。その上柔らかい舌が蓉子の口の中にあるチョコレートを舐めようと動く度にぞわぞわとくすぐったいような感覚が蓉子を襲う。
 しかし、そこを耐えるのがリリアン最強の紅薔薇である。

 溶け出して形を失いそうな理性をかき集めなんとか理性を保つ。
 ここで折れてはダメだ。すぐにでも祐巳を突き放してでも抵抗しないと理性が溶けるのも時間の問題だった。一先ず落ち着こうと思ったのを見計らったかのように押し倒され、困惑と動揺と多幸感が綯い交ぜ。
 さしもの、蓉子と雖もここまで不意を突かれると冷静ではいられない。ここで祐巳を引き離せるかどうかが瀬戸際だ。

 祐巳の肩に手をかけ、強引に引き剥がす為に力を込めた。
 その瞬間だった。

「んぅっ!?!?」

 蓉子の中のナニかがぷつりと音を立てて切れた。
 今まで、チョコレートを舐めていた祐巳の舌が唐突に蓉子の口の中の上にあたる口蓋をなぞるように這った。その瞬間に蓉子の人生で経験したことのないような快感が稲妻となって走り、残っていた理性を跡形もなく消し去った。

 何故、祐巳が蓉子自身も知らないような敏感な場所を知っているのか。そんな疑問は湧くが、すぐに蓉子の感情の根の部分から出る多幸感に押し流され消えてしまった。

「っ……ん……」

 蓉子は思う。
 どうして、自分は頑なに祐巳ちゃんを拒否していたのだろう。こんなかわいい孫なんだから一番最初に受け入れてあげるべきだったのだ。
 こんなに幸せなのだから、わざわざ幸せを遠ざけようとしないでいいのだ。
 今はただ、自分の全てで祐巳ちゃんを感じて受け止めればいい。



「祐巳……お姉さま……」

 祥子は眼前で繰り広げられる姉と妹とのスキンシップ(過度)をただただ見ている事しか出来なかった。
 その光景を見る祥子の心情はかつてないほどに複雑であった。妹を止められなかった悔しさ、姉を助けられなかった不甲斐無さ、止められなかったことに対しての残念さと同時にこうなるだろうとも思っている部分があり、祥子は自身の感情を把握しようと必死だった。

 そんな葛藤もすぐに真っ白になって吹き飛ぶ。

「お姉さま」

 感情に振り回されている祥子はビクリと反応をして顔を上げるとそこには普段からは考えられないほどに妖艶な表情をした祐巳が立っていた。
 そして祥子の葛藤は消え去り、既に心は祐巳の元へと堕ちていた。

「祐巳……」

 思考の片隅で思い出すのは、祐巳が家に訪れてきたときにお母さまが間違ってお酒を持ってきてソレを飲んでしまった時のことだ。
 どうしてお母さまが間違ってお酒を持ってきたのかだとか、それに何故誰も気付かなかったのかツッコミどころは満載なのだが、一体どうしてその事件は起こってしまった。

「はい、お姉さま」

 結果から言えば、親子そろって今の状態の祐巳にスケこまされたわけである。
 祐巳を挟んで親子二人で寄り添うように寝るのなんてこれまでも、そしてこれからも経験することなんて想像していなかった。勿論、小笠原親子が祐巳に堕ちたことを口外するわけもない。憶えているのは当事者である祥子と清子のみ。どういうわけか祐巳は酔いが醒めるとそのときの記憶が綺麗さっぱりなくなるようで、本人なのに憶えていない。

 あの時の多幸感が祥子の中に蘇り、それを今、すぐにでも感じることができる。
 そう思うと、すぐにでも祐巳に近づきたいと心が逸る。

「お姉さま、大好きですよ」

 その声は祥子の全てを幸せで満たした。

「私もよ、祐巳」

 もう祥子の目には祐巳しか映っていなかった。



「ん、ふわぁ……」

 頭が少し痛い。
 いつの間に眠っていたのだろうと祐巳は重たい瞼をゆっくりと開く。
 寝起きは良くないほうなのは自覚しているが、いつにもまして頭がぼんやりしている。

 横になっていた身体を上体だけ起こし周りを見渡す。

「……?」

 祐巳を中心として山百合会のメンバーが寄り添って眠っていたり、恍惚としたような表情で祐巳の事を見つめていたり、ちょっとだけ色っぽいような声で祐巳の名を呟いていたりと現実とは思えないような光景が広がっていた。
 後ろに気配を感じ振り返ってみると、江利子が座っていた。どうやら先ほどまで江利子の膝枕で眠りこけていたらしい。どうりで首も痛くないし、寝心地もいいわけだ。なんて、一人で謎の納得をする祐巳。

「おやすみなさい」

 とても現実とは思えなかったので夢だと確信を抱く祐巳。夢なら夢を堪能するためにもう一度江利子の膝の上に頭を乗せて眠りにつく。江利子はそれを楽しそうに受け止め祐巳の髪を撫でていた。
 撫でられているとすぐに眠たくなり、意識はすぐに朦朧とする。肌寒いのも、引っ付いて眠っている祥子や蓉子や志摩子と言った面々のお陰でまったく気にならない。
 そして祐巳は夢のような現実から本当の夢の世界へと旅立った。



 次に目を覚ましたときには膝枕をしてくれていたのは姉である祥子であり、何事もなかったかのように全員が花見をしていて
(やっぱり夢だったんだぁ。変な夢だなぁ)
 と、一人で納得する祐巳。
 そのままお花見は滞りなく進んで、大団円の元幕を閉じた。

 ただ、この事件が切っ掛けで祐巳が山百合会のメンバーの誰かに近づくと近づかれた側は顔を赤くしたり、手が触れたりするとビクりと反応してしまうのだが、少し疑問に思うだけでにぶちんの祐巳はなんとも思わなかった。
 要は、皆が皆、祐巳を意識するようになってしまったわけである。本人は微塵も気付いてはいない。何故だ。



 余談ではあるが、どこで見られたのか、何処から漏れたのかはわからないが、この事件の後、リリアン女学園の真の最強は福沢祐巳だとしめやかに噂されたという。
 その噂は決して大きく取り上げられることはなかったが、祐巳が卒業するまで噂され、リリアンの伝説としてひっそりと名を残すことになるのだが、それはもう少し先のお話。
プロフィール

るーくん

Author:るーくん
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しがないSS書き
マリア様がみてるやプリキュアなんかのSSを書いていきたい。けど、何を書くかは気分しだい
主にPixivにアップしたの纏めていきたいです。

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