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最終兵器福沢祐巳

普段はいじられキャラの祐巳ちゃんがアルコールの力で色々な意味で最強になる頭の悪いおはなし。
「抱いてきた女の残り香が私の香水よ」とか言わせたかったけど、流石にムリでした。そのうちどこかで使いたいです。




「祐巳、どうしたの?」

 所はリリアンの校舎の片隅。
 桜が我よ我よと主張するかのように咲き乱れる春。
 誰が言い出したか、こんなにも綺麗な桜があるのに花見をしないのはもったいないことこの上ないとのこと。
 せっかくだから、山百合会の皆で集まってお花見をしようという事になった。
 各々が予定を組み、時間を合わせて、飲み物食べ物持ち寄って、天気のいい日に集まってお花見だ、というわけである。

 卒業したばかりであるお姉さま方も来られ花見は大いに盛り上がりを見せた。

 ということで冒頭に戻るわけである。
 新紅薔薇である祥子が卒業してしまった前紅薔薇でありお姉さまでもある蓉子と妹であり紅薔薇の蕾である祐巳と一緒に、皆が持ち寄った食べ物をつまみながら雑談を楽しんでいると祐巳が顔を赤らめてぼんやりとしていた。

「あぁ、祐巳ちゃんが飲んじゃったのね」

 祐巳の様子を見てどこからともなく出てきたのは前黄薔薇である鳥居江利子、その人であった。
 祥子と蓉子は思わず顔を顰めた。江利子は物事の大半を面白いかそうでないかで判断する厄介な性分を持つ人間なのである。なまじ、キレる頭を持ち合わせているのが質の悪さに拍車をかけている。

 きっと、今度も面白くなりそうだということで何かを仕込んだのだろうと紅薔薇姉妹は内心ため息を着いた。

「それで、今度は一体何をしたの?」

 呆れながら、祐巳がこうなったのはどういう事なのかと江利子に問う蓉子。
 祥子は大事な妹に何をされたのかと気が気ではないのだが、焦って江利子を楽しませるのも癪なので平然を装っている。

「買ってきた飲み物の中に間違ってお酒が入っちゃっててね。誰かが気付いて飲まないだろうと思って言わなかったのよ」

 口ではそういうものの、あわよくば誰かが間違って飲んで面白いことになればいいなんて思惑が目に見えていた。

「ちょっと、なんでお酒なんて買っているのよ……」

 呆れるというかなんというか……仮にも薔薇さまと言われていた人間がお酒を買っているなんて聞いたら山百合会のファンは卒倒するかもしれない。

「あれ~、祐巳ちゃんまさかウーロンハイ飲んじゃったの?」

 次に入ってきたのは前白薔薇である聖であった。江利子の計画に聖も一枚かんでいたようでニヤニヤとした笑みを浮かべている。

「あ、あぁ……あああぁ……」

 祥子が頭を抱えてその場に蹲った。流石に前薔薇さまの三人も祥子のその悲壮感溢れる声に驚く。

「祥子、どうしたの?」

 見兼ねて、姉である蓉子が声をかける。普段は毅然とした態度を貫こうとする祥子がこうも取り乱すとはただ事ではない。

「祐巳は間違いなくお酒を飲んだのですよね?」
「え、えぇ。祐巳ちゃんの近くに栓のあいたウーロンハイの缶があるし聖と江利子の言ってることが本当だったら間違いないわ」

 それを聞いた祥子は更に顔を青ざめさせる。祥子がここまで取り乱すとなると周りの人間も全員どうしたものかと祥子の方を向く。

「祥子、どうしたの?もしかして祐巳ちゃんにアルコールは御法度だった?」

 顔を青くした祥子を見て、聖は冷静に状況の理解に努めようとする。
 面白半分でアルコールを持って来たのは考えが足りなかったのではないかと聖と江利子の2人は自身の浅慮を恨む。

「い、いえ、違いますわ。祐巳がお酒を飲んで危ない目に会うのは私たち……」

 予想していなかった祥子の言葉に花見に来ていた山百合会のほぼ全員が頭の上に疑問符を浮かべていた。

「祥子、それはどういう……」
「ゆ、祐巳さん!?」



 蓉子の声を遮ってリリアンの生徒にあるまじき大きな声をあげたのは、リリアンでもトップクラスの上品さを持っている藤堂志摩子だった。

「志摩子さんって本当に綺麗」

 そしてその志摩子が声を上げる原因を作ったのは不幸にも間違ってお酒を飲んでしまった福沢祐巳、その人だった。

「志摩子さんは私のこと好き?それとも嫌い?」

 その声の方に一同首を回すとアルコールの所為か頬を紅潮させ目をトロンとさせた祐巳が、座っている志摩子の膝の上に座って抱きついていた。

「す、好きよ……?」

 祐巳の独特な雰囲気に押されよく分からないまま質問に答える志摩子。質問が質問だったから志摩子も頬を少し赤らめている。

「私も志摩子さんの事大好き!」
「んぅ!?」

 それはもう流れるようなハグからのキスだった。
 志摩子は目を白黒させてどうにもこうにもできずに、祐巳のキスを拒む間もなく受け入れた。
 唇が触れ合うだけのフレンチキス。触れては離れ、離れては触れる。何度も何度も止まらないその啄ばむようなキス。最初は驚いたものの少ししたら多少の思考能力は戻る。少し力を入れて祐巳を押し返すだけでいいのだ。ただそれだけで今のこの望んでいない状況は打開できる。
 なのに、その少しができない。止めさせなければいけないと頭では理解しているのに自身でも理解のできない熱が沸いて来て今の状況を喜んでいた。

「志摩子さん、どこにも行かないでね。志摩子さんがどんなに嫌がっても離れてなんかあげないからね。わかった?」

 祐巳のキスの雨がやんだかと思うと何故かどうしようもない寂しさが志摩子を襲う。自分も理解できない寂しさに動揺をしていたら、耳元で囁かれた。その言葉と吐息は志摩子の動揺を大きくし、更に顔を赤くさせた。

「わかったら返事をして?」

 耳にかかる吐息。鼓膜をくすぐる甘い声。祐巳の声は志摩子の思考をドロドロになるまで蕩けさせる。

「わかり、ました……」

 志摩子は何故か、今の祐巳の言葉を拒否することができなかった。出処のわからない「従いたい」という欲求がとめどなく溢れてくる。
 志摩子の理性はドロドロに蕩け、後に残るのは甘い甘い祐巳に誘われてしまう本能だけ。

「わかったならいいよ」

 そう言って抱きしめる力を更に強く、再び志摩子にキスをしようとする祐巳。
 最早、志摩子にはそれを拒否するなんて選択肢はない。

「んん!?」

 キスをされることは分かっていた。それを受け入れるつもりでいた志摩子だが、予想していなかった新しい刺激に普段上げないような声をまたしてもあげてしまう。
 抵抗する間もなく唇を優しくするりと開き、祐巳の舌が志摩子の口内へと侵入する。
 驚いたもののその驚きはすぐに快感と形を変えて志摩子を襲う。祐巳の舌が志摩子の歯茎をなぞり、舌を絡めてくるのだ。祐巳のキスは強引なのに甘く、そして優しく志摩子を捕らえる。
 なすがまま与えられる快楽を受け入れることしか出来ない志摩子。志摩子の口内に泉のように溢れる唾液が祐巳の唾液と混ざり合い、それを祐巳に水音を立てて吸われると今までの人生で一度も感じたことのないレベルの快感と背徳に押しつぶされる。

 志摩子からは理性も思考回路もとうに消え、ただ祐巳の舌に弄ばれ、祐巳の口から流れてくる唾液をこくこくと飲むだけの意識しか残っていない。

 一分以上も続いたその深い深いキス。
 祐巳はゆっくりと名残惜しそうに志摩子の口から離れる。離れるのを拒むかのように2人の口からは唾液でできた銀の糸が伸びていた。
 祐巳はそれを指で絡め取って口に含む。
 そして再び志摩子の耳に口を寄せて

「どこにも行かせてあげないから」

 志摩子はこくりと小さく頷いた後、魂が抜けたかのように惚け、桜をぼーっと見つめていた。



「祥子……あれ、ほんとに祐巳ちゃんなの?」

 一部始終を見ていた一同、静まり返るその中で最初に口を開いたのは蓉子だった。

「はい……どういう訳か祐巳はアルコールの類を摂るとあんな風になってしまいますの」

「……スケコマシ」

 誰が言ったかスケコマシ。普段の祐巳には全く似合わない言葉なのだが、今の酔いの入った祐巳にはこれ以上ないくらいピッタリの言葉だった。

 誰も声を出せないでいると、祐巳がすくっと立ち上がり周りを品定めするかのように見回した。
 その場にいた全員が祐巳の目を見て悟る。祐巳は次の獲物を物色しているのだと。

「よし、私に任せて」

 立ち上がったのは前白薔薇であり、同時に志摩子の姉でもある聖であった。
 誰かがあの状態の祐巳を宥めなければならない。
 ならば原因を作った一人でもある自分が行くべきだと責任を感じているのである。
 それに同性とのキスと言った事で、最も抵抗がないのは明らかに自分なのだ。キスの一つや二つくらいならばなんの問題もない。

「聖さま、貴女では祐巳を止められません」

 そう言って立ち上がった聖を止めようとする祥子。

「そんなのやってみなくちゃわからないでしょ。それに曲がりなりにも私は祐巳ちゃんの先輩なのよ。後輩にビビって逃げるのなんて情けないじゃない」

 祥子の忠告もそこそこに聖は祐巳の方へと近づいていった。周りの山百合会のメンバーは固唾を飲んで見守っていた。
 ただ、祥子だけが悲観的な……祐巳を止めようとしても無駄だという表情を浮かべていた。

「やぁ、祐巳ちゃん」
「聖さま……」

 祐巳の前に立ち、いつも通りの気さくな先輩にならなくてはならない。今の祐巳に隙を見せてはいけないと聖は本能で理解していた。できるだけ平静を装って、出きる限りいつも通りを心がける。

 見つめ合うこと十数秒。
(やめとけばよかった……)
 と、聖は自身の浅はかさを今更になって責めた。
 いつか、聖は同族は匂いでわかると言った。そしてそれ以上に、天敵は本能で理解してしまうのだ。
 なにが先輩が逃げたら情けないだ。もう少し早く今の祐巳をちゃんと知っていればよかったと悔いていた。
 祐巳の目は完全に捕食者のソレであった。何時ものように透き通るような真っ直ぐな目ではなく、吸い込まれる海のような色を含んでいる。
 そして何より、自身への視線がいつもとは全く違ったのだ。祐巳の目は聖のことを子羊として見ていた。聖が気づいた頃にはもう遅い。
 聖の本能が告げる。
 この祐巳ちゃんは全女性に対して負ける事はない。祐巳ちゃんからすると今この場は可愛い子羊が食べ放題の楽園に等しいのだと。

「聖さま!」
「ちょっ、祐巳ちゃん!?」

 聖の首に両手を回し抱きつく。突然バランスを崩され、祐巳の顔が聖の顔に吸い込まれるように近づいてくる。

(来るか……!?)

 咄嗟の事で聖は拒否することも、逃げることも出来ずに祐巳が近づいてくるのをただ待つだけとなった。
 志摩子の時とは違い、いきなりなんだな。
 だなんて事を考えられるくらいには余裕がある。これも元から予想していたのと同性とのキスへの抵抗のなさのお陰か。

 そんな事を考えていた。

「ひゃっ!」

 その余裕は一瞬にして崩れ去った。
 祐巳の舌がなんの躊躇いも容赦もなく聖の左耳への侵入を果たしたのだ。

「は、ふぅ……」

 予想外だった。想像だにしていなかった経験したこともなかったその刺激は聖が普段出さないような声を出させるに至る。
 耳の中で舌が僅かでも動く度、熱した鉄を突っ込まれたかのような容赦のない快感が聖を襲う。
 舌の動きに合わせ耳の中で淫らな水音が響き、その音が更に聖の精神を燃やし、焦がし、溶かす。

 聖の膝は産まれたての子鹿のようにガクガクと震え、ついに耐えきれなくなったのか床へぺたんと座り込む。

「ゆみ、ちゃぁん……」

 数分前までの先輩風を吹かせていた聖はどこへやら、腰砕けになり座り込んで顔を上気させ祐巳を見上げるその表情は何時もの聖を知っている人達から見れば余りにも衝撃的だった。

「聖さまったら、仕方ないですねぇ」

 座り込んだ聖に合わせるように祐巳も膝を畳んで座り、聖の顔を両の手のひらで包み込んで引き寄せた。

 そして志摩子にしたのと同じように、深くて甘い素敵な毒を含んだキスを聖に落とす。
 すぐに目をトロンと蕩けさせ、終わった頃には志摩子と同じようにポーッと虚空を見つめていた。



 場は再び誰も口を開かない静かな、そしてどうしょうもないような空気に満ち満ちていた。聖の状態を目の当たりにして誰もどうしたらいいのか戸惑っていた。
 ただ一人祐巳だけは再び周りを見渡し、ある一人を見定めると目を細めにっこりと可愛らしい笑みを浮かべて歩き出す。

「江利子さま、楽しんでますか?」

 聖を骨抜きにした祐巳が次に目を付けたのは江利子だった。

「え、えぇ。楽しんでるわよ」

 なんでもないように振る舞ってはいるが、頬には冷や汗がたらり。
 江利子にとって今の状況は面白かったのだが、イマイチ楽しめなかった。いくら楽しいとはいえ、その矛先が自分に向いてしまうのはたまったものじゃない。

 ちょこんと江利子のとなりに座り込んで江利子の肩に頭を預ける祐巳。

「祐巳ちゃん?どうしたの?」
「少し、聞いてもらってもいいですか……?」

 さっきまでの狼のような祐巳はどこへやら。小動物のように大人しくなって江利子の傍に控えるその姿は姉妹にすら見える程に自然に収まったのだ。最初からそこが自分の低位置のように。

「えぇ、なにかしら?」

 警戒心は忘れずに、されどそれをおくびも出さないように答える江利子。

「その……ですね。江利子さまともっと一緒にいたかったなぁって」

 しおらしく呟いて江利子に更にしなだれかかる。

 ごくり、と思わず生唾を飲む江利子。
 自分は至ってノーマルで同性に対して恋愛感情やそういった類の感情を抱くことは一生ないだろう。そう思っていたのだが今の祐巳には流石の江利子といえども思わずドキリとさせるものがあった。
 祐巳の柔らかすぎる性格と明るく純粋な心を誰も拒否することが出来ない。勿論それは江利子も同様だった。

「江利子さまともっとお話したかった。一度くらい江利子さまと一緒に出かけたかった……」

 祐巳がぽつりぽつりと江利子の肩に頭を預け、桜を見ながら呟く。
 普段の祐巳からは考えられない儚さに江利子の中にある先ほどまでの祐巳の記憶はどこへやらと散ってしまった。周りの桜が祐巳を引き立て、江利子の意識を惹く。
 自分は祐巳との関わりが比較的浅かったことを後悔している節があるのは確かなのだ。
 これまで自分たちの周りには居なかったタイプ。何事にも等身大でぶつかっていくその姿勢は見ているだけで楽しく、こちらまで暖かい気持ちになる。彼女は江利子の高校三年間の最後のデコレーションをしてくれたのだ。
 短い間とはいえ、間違いなく福沢祐巳は江利子の高校生活には欠かせなかった存在なのである。 そう、自分から一方的に思っていただけだと思っていた。

「もっともっと江利子さまと一緒に楽しいことを追いかけたかったです……」

 自分だけではなく祐巳もそう思っていたのだと知り、柄でもなく胸にじんわりとしたモノが込み上げてくる。

「大丈夫よ、リリアンを卒業しても人との繋がりに卒業なんてないんだから。これからだって楽しいことを追いかけることなんていくらでもできるわ」

 祐巳の手に自分の手を重ねる。江利子よりも少しだけ暖かかった。

「本当ですか?」
「本当よ」
「本当の本当に?」
「本当の本当よ」

 しばらく見つめ合うこと数秒。ただ目があっているだけなのに心が祐巳の目に吸い込まれる。

「じゃあ、証をください」
「証?」

 こくりと首を傾げる江利子。
 一体何を上げればいいのだろうと思案する。カチューシャか、まさかロザリオなんて事は祐巳に限っては言わないだろう。

「キス、してください……」
「キス?」

 祐巳がいじらしくこくりと頷く。
 最早、江利子には目の前の祐巳しか見えてない。聖との出来事なんて記憶の片隅にも残っていなかった。

「高校生活の思い出を……江利子さまを一生忘れられないくらいの証を、繋がりを、刻んでください」

 そう言って目を瞑る祐巳。
 一瞬、どうしたものかと悩んだもののここで引くような鳥居江利子ではない。
 高校生活での足りない思い出は全部いまここで埋めてしまえばいい。これからの人生に祐巳というエッセンスは欠かせないのだ。だから祐巳には忘れられないように鳥居江利子という存在を刻んでやろう。

 江利子は目を瞑っている祐巳の顎に指を添え、そっと顔を寄せ……



 まさか、あのいつでも余裕を持っていて何かあっても高みから見下ろしてせせら笑っている江利子までもが陥落するとは誰もが思っていなかった。

「お姉さま……」

 江利子の妹である令の内心はなんだか複雑だった。
 姉が聖のように半ば強引にキスでもされようものなら割って入ってでも止めるつもりだったのだが、目の前で行われたやりとりが余りにも自然で小説の中のワンシーンのようだったので止めようなんて微塵も思い至らなかった。
 最終的にキスをしたのだが、今のやりとりを見てしまうと嫉妬すら湧いてこない。それ程までに自然。舞台を見せられているといっても納得できてしまう。
 複雑なのは、姉が他所様の妹にキスをしているのに嫉妬の欠片も湧いてこなかった所為なのである。

 流石にそれは妹として姉に関心なさすぎなのではないか、薄情なのではないかとの葛藤に苛まれていたらグイッと腕を引っ張られた。

「令ちゃん、私たちで祐巳さんを止めるわよ」

 腕を引っ張ったのは令の妹である由乃だった。
 江利子は祐巳とのキスを終え、やり切ったからかポーッと心ここに在らずモードになっていた。

「でも、私たちが行ったところで祐巳ちゃんを止められるの?」

 いくら自分自身の意志で祐巳に落とされないとは思っていても、前例をいくつも見てしまうと流石に自信がなくなるというもの。
 白薔薇は姉妹揃って祐巳の事が好きなのは分かっていたからまだ納得できたが、まさか自身の姉までもが陥落するだなんて思ってすらいなかったのだ。

「止められる、じゃなくて止めるのよ!親友としてあんなスケコマシの祐巳さんは止めなくちゃ!」

 堂々とスケコマシって言っちゃうんだ……と一同思うものの、事実なので誰も文句を言わなかった。あの祥子までも、妹がスケコマシ呼ばわりされているのに異議を申し立てなかった。
 珍しく申し訳なさそうな表情までしている。
 その表情で祥子は以前にもこの状態の祐巳との間で何かしらがあったのだろうと推測できるが、今はそんな事を追及する余裕は誰にもない。現状をどうにかするだけでいっぱいっぱいなのである。

「一人で止めようとするからダメなのよ。二人でいけば祐巳さんもどうしようもないでしょ?」
「あぁ、確かに」

 わざわざ一対一になるから祐巳のペースに乗せられて独特の雰囲気を作られたのだ。
 二人ならば同時に口説き落とされるなんてこともなければ、ペースを持って行かれることもない。よしんば危なくなっても片方が助け舟を出せばいい。

「よし、祐巳さんを止めに行くわよ令ちゃん!」
「えぇ、これ以上は誰のためにもならないから早く止めないとね」

~ダイジェストでお楽しみ下さい~

「由乃さんの背中、本当に綺麗……うん、ずっと触ってたい」
「ひゃ!ち、ちょっと祐巳さん!?ど……こに手を入れ、ふぁぁ」
 背骨に沿って指を艶かしく由乃が最も敏感になるように触る。

「令さまってカッコいいけど、それ以上に可愛いですよね……こんな声出しちゃって、本当に可愛いです」
「ひゃ!ち、ちょっと祐巳ちゃん!?そんなとこ、ろ、噛まない、でっ!」
 令のうなじに鼻先を近づけすんすんと匂いを嗅いで、そのまま噛み付く。

 なんやかんやあって……
「ゆみちゃん……」
「ゆみさん……」

 こうなりました。



「ちょっと祥子、あの祐巳ちゃんってどうやって止めればいいのか知らないの?」

 白薔薇姉妹が最初に陥落、次いで黄薔薇ファミリーも全滅し、残るは紅薔薇のみとなる。

「しばらくしたら眠くなって、眠りにつくはずですわ。……ただ、それまではどうしようもありません」
「そう……まさか祐巳ちゃんが酔うとこんなことになるなんて私も考えたことなかったわ」
「私もですわ。普段の祐巳を知っている分、こうなるなんて自分の目で見なければ信じられません」

 山百合会の全員が祐巳に対して持っているイメージとしては、正直すぎてからかわれたり、いつも色々なことに振り回される根っからの被害者体質というか巻き込まれ体質であるというのが考えの底にあった。
 今の祐巳はそれとは対極。甘言で心を奪い、上級生でさえ振り回している。
 普段振り回されているから、その反動であんな風になってしまったのかとさえ思える。

「眠るまで、か。それまで、ただ見てるっていう訳にもいかないしちょっとキツくお灸を据えないといけないわね」
「ですが……!」

 今度は蓉子が祐巳を止めると意志を固める。
 今の祐巳を見てても眠るような気配は一切見せない。それまでの間、あの祐巳を放置することを蓉子はとても容認できなかった。

「分かっているわ。でもね、あの娘は私の孫なのよ。大事に思ってないわけがないの。だからこそ私が止めに行くのよ」

 そう言って蓉子は祥子にウィンクを飛ばす。
 此処までくれば祥子も祈ることしかできない。それがなにより悔しかった。
 姉である蓉子と協力して祐巳を止めたいと思ってはいるけれど、絶対に足を引っ張る結末しか見えない。どれほど心を強く持とうとしても、過去に一度今の……『スケコマシ』祐巳との記憶がどうしても蘇ってきて、酔った祐巳の言葉には到底逆らえる気がしなかった。


 意を決した蓉子はゆっくりと祐巳へと歩みを進めた。

「祐巳ちゃん、貴女ちょっとやり過ぎよ」

 蓉子は、まさか無条件で甘やかすものだと思っていた祐巳を叱ることになるとはまさか思ってもいなかった。

「蓉子さま……!」

 祐巳は蓉子を見て、ぱあっと何時もの無邪気な笑顔を浮かべる。
 その笑顔を見て、祐巳を叱る事への抵抗を覚えるがなんとか動揺を抑えて自分を保つ。

「祐巳ちゃん、貴女はリリアンの生徒なのよ。分かっているのかしら?」

 蓉子の声のトーンを察し、笑顔を曇らせ俯く祐巳。
 感情が表に出るのは酔っても変わらないようで、祐巳が落ち込んでいるのがひしひしと伝わる。
 蓉子としても、お酒を意図せずに飲まされた祐巳を責めるのは中々心が痛かった。
 元を辿れば酒を買ってきた江利子と聖が原因なのだが、その2人は心ここに在らず。何を言っても、届かないのは明白だった。

「それに山百合会の一員なの。将来的には貴女も山百合会を引っ張っていくのよ。その事を胸に刻んで、自覚を持たなければダメ」
「はい……」

 暗い顔で、こくこくと頷く祐巳の目には涙が滲んでいた。

「蓉子さま、ごめんなさい……」

 俯いたまま顔を上げず、蓉子へと謝まる祐巳。

「顔を上げて頂戴。私は祐巳ちゃんの笑顔が好きなのよ」

 蓉子も本気で祐巳に対して怒っていたわけではない。飲みたくもなかったお酒を意図せずに飲んでしまったからこうなってるだけなのだ。怒っているのじゃなく、ただ祐巳を止めようと思ったに過ぎない。

「はい、ここに座って。はい、口を開けて」

 反省をしたのならもう構わない。これ以上怒りたくもないのに祐巳を叱る必要もない。
 そう判断して、蓉子は座らせた祐巳の口に一口サイズのマドレーヌを食べさせる。おずおずと差し出されたマドレーヌを食べる祐巳はさながら小動物のようであった。
 大の甘党なのは酔っていても変わらないようで、涙目のまま口元を綻ばせる祐巳。

「かわいい」

 思わず口をついて出たその言葉は偽りなく本心であった。

「はい、もうひとつあるわよ」

 咀嚼し、飲み込んだ祐巳にもう一度マドレーヌを持って行くと今度は勢いよく飛びついた。
 余りに勢いが強過ぎて蓉子の指までパクリと咥え込んでしまった。

「ちょっ、祐巳ちゃん!?」

 突然人差し指に訪れた生暖かいような感覚に蓉子は驚いてしまう。
 蓉子の動揺を尻目に、祐巳は器用にも蓉子の指を咥えながらもマドレーヌだけを咀嚼し嚥下する。
 マドレーヌが食べ終わったにも関わらず、祐巳は蓉子の指を美味しそうにくわえ込んでいる。
 突然の出来事に蓉子の思考回路は仕事をボイコットしているのか何を言えばいいのか全くわかっていない。

「ん……」

 一心不乱に愛しそうに蓉子の指をはむはむと舐る祐巳。
 赤子のように必死で自分の指を咥える祐巳を見ていると、蓉子の中の新しい扉が開きそうになる。

「祐巳ちゃん、離れなさい!」

 腐っても鯛、卒業しても薔薇様。
 蓉子は、開きそうになった扉を力ずくでバタンと閉じて、鋼の精神力の鎖でドアを開かないようにして抑え付けた。

「……?」

 何を考えてるかわからない顔で首を傾げる祐巳。
 蓉子は祐巳の余りの恐ろしさに戦慄を覚えざるを得なかった。あれだけ警戒して、ペースを持って行かれないようにと心がけていたのに心の隙間に狡猾な蛇のごとくスルリと入ってきたのだ。

(落ち着きなさい、私。祐巳ちゃんのペースに乗せられてはダメよ)

 乗せられてはダメとは言うものの、祐巳がそれを意識してやってない。故に、自然に流れるようなスキンシップ(過度)に移行されても反応が遅れる。

 何気無く近くにあったチョコレートを何個も口の中に放り込む。
 一度自分の中のリズムを取り戻すために、別の事を挟みワンテンポ置く。そうすることによって動揺なんかをリセット。

 この際、少し位はしたなくたってマリア様だってきっと見逃してくれると信じよう。

「蓉子さま、私もそれ貰ってもいいですか」

 唯一の誤算は、マリア様が見逃してくれても、祐巳が見逃さなかった事だ。
 返事も聞かずに祐巳は蓉子へと抱きついた。

「ゆ、んんんっ!!?」

 祐巳に優しく抱きつくようにふわりと押し倒され、反射的に口を開こうとした所に蓉子の口腔に祐巳の舌がスルリと侵入。
 祐巳の小さく柔らかい身体はの体温は高く、それを感じて心臓の打つ速度が早まる。
 唇に感じる祐巳の舌があまりにも柔らかく理性が蕩けそうになる。その上柔らかい舌が蓉子の口の中にあるチョコレートを舐めようと動く度にぞわぞわとくすぐったいような感覚が蓉子を襲う。
 しかし、そこを耐えるのがリリアン最強の紅薔薇である。

 溶け出して形を失いそうな理性をかき集めなんとか理性を保つ。
 ここで折れてはダメだ。すぐにでも祐巳を突き放してでも抵抗しないと理性が溶けるのも時間の問題だった。一先ず落ち着こうと思ったのを見計らったかのように押し倒され、困惑と動揺と多幸感が綯い交ぜ。
 さしもの、蓉子と雖もここまで不意を突かれると冷静ではいられない。ここで祐巳を引き離せるかどうかが瀬戸際だ。

 祐巳の肩に手をかけ、強引に引き剥がす為に力を込めた。
 その瞬間だった。

「んぅっ!?!?」

 蓉子の中のナニかがぷつりと音を立てて切れた。
 今まで、チョコレートを舐めていた祐巳の舌が唐突に蓉子の口の中の上にあたる口蓋をなぞるように這った。その瞬間に蓉子の人生で経験したことのないような快感が稲妻となって走り、残っていた理性を跡形もなく消し去った。

 何故、祐巳が蓉子自身も知らないような敏感な場所を知っているのか。そんな疑問は湧くが、すぐに蓉子の感情の根の部分から出る多幸感に押し流され消えてしまった。

「っ……ん……」

 蓉子は思う。
 どうして、自分は頑なに祐巳ちゃんを拒否していたのだろう。こんなかわいい孫なんだから一番最初に受け入れてあげるべきだったのだ。
 こんなに幸せなのだから、わざわざ幸せを遠ざけようとしないでいいのだ。
 今はただ、自分の全てで祐巳ちゃんを感じて受け止めればいい。



「祐巳……お姉さま……」

 祥子は眼前で繰り広げられる姉と妹とのスキンシップ(過度)をただただ見ている事しか出来なかった。
 その光景を見る祥子の心情はかつてないほどに複雑であった。妹を止められなかった悔しさ、姉を助けられなかった不甲斐無さ、止められなかったことに対しての残念さと同時にこうなるだろうとも思っている部分があり、祥子は自身の感情を把握しようと必死だった。

 そんな葛藤もすぐに真っ白になって吹き飛ぶ。

「お姉さま」

 感情に振り回されている祥子はビクリと反応をして顔を上げるとそこには普段からは考えられないほどに妖艶な表情をした祐巳が立っていた。
 そして祥子の葛藤は消え去り、既に心は祐巳の元へと堕ちていた。

「祐巳……」

 思考の片隅で思い出すのは、祐巳が家に訪れてきたときにお母さまが間違ってお酒を持ってきてソレを飲んでしまった時のことだ。
 どうしてお母さまが間違ってお酒を持ってきたのかだとか、それに何故誰も気付かなかったのかツッコミどころは満載なのだが、一体どうしてその事件は起こってしまった。

「はい、お姉さま」

 結果から言えば、親子そろって今の状態の祐巳にスケこまされたわけである。
 祐巳を挟んで親子二人で寄り添うように寝るのなんてこれまでも、そしてこれからも経験することなんて想像していなかった。勿論、小笠原親子が祐巳に堕ちたことを口外するわけもない。憶えているのは当事者である祥子と清子のみ。どういうわけか祐巳は酔いが醒めるとそのときの記憶が綺麗さっぱりなくなるようで、本人なのに憶えていない。

 あの時の多幸感が祥子の中に蘇り、それを今、すぐにでも感じることができる。
 そう思うと、すぐにでも祐巳に近づきたいと心が逸る。

「お姉さま、大好きですよ」

 その声は祥子の全てを幸せで満たした。

「私もよ、祐巳」

 もう祥子の目には祐巳しか映っていなかった。



「ん、ふわぁ……」

 頭が少し痛い。
 いつの間に眠っていたのだろうと祐巳は重たい瞼をゆっくりと開く。
 寝起きは良くないほうなのは自覚しているが、いつにもまして頭がぼんやりしている。

 横になっていた身体を上体だけ起こし周りを見渡す。

「……?」

 祐巳を中心として山百合会のメンバーが寄り添って眠っていたり、恍惚としたような表情で祐巳の事を見つめていたり、ちょっとだけ色っぽいような声で祐巳の名を呟いていたりと現実とは思えないような光景が広がっていた。
 後ろに気配を感じ振り返ってみると、江利子が座っていた。どうやら先ほどまで江利子の膝枕で眠りこけていたらしい。どうりで首も痛くないし、寝心地もいいわけだ。なんて、一人で謎の納得をする祐巳。

「おやすみなさい」

 とても現実とは思えなかったので夢だと確信を抱く祐巳。夢なら夢を堪能するためにもう一度江利子の膝の上に頭を乗せて眠りにつく。江利子はそれを楽しそうに受け止め祐巳の髪を撫でていた。
 撫でられているとすぐに眠たくなり、意識はすぐに朦朧とする。肌寒いのも、引っ付いて眠っている祥子や蓉子や志摩子と言った面々のお陰でまったく気にならない。
 そして祐巳は夢のような現実から本当の夢の世界へと旅立った。



 次に目を覚ましたときには膝枕をしてくれていたのは姉である祥子であり、何事もなかったかのように全員が花見をしていて
(やっぱり夢だったんだぁ。変な夢だなぁ)
 と、一人で納得する祐巳。
 そのままお花見は滞りなく進んで、大団円の元幕を閉じた。

 ただ、この事件が切っ掛けで祐巳が山百合会のメンバーの誰かに近づくと近づかれた側は顔を赤くしたり、手が触れたりするとビクりと反応してしまうのだが、少し疑問に思うだけでにぶちんの祐巳はなんとも思わなかった。
 要は、皆が皆、祐巳を意識するようになってしまったわけである。本人は微塵も気付いてはいない。何故だ。



 余談ではあるが、どこで見られたのか、何処から漏れたのかはわからないが、この事件の後、リリアン女学園の真の最強は福沢祐巳だとしめやかに噂されたという。
 その噂は決して大きく取り上げられることはなかったが、祐巳が卒業するまで噂され、リリアンの伝説としてひっそりと名を残すことになるのだが、それはもう少し先のお話。
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もしも祐巳がお姉さまだったら

なんていう妄想をする山百合会の面々。
なんだかんだ成長した祐巳の妹になれたら幸せそうだしね。




「ねぇ、祐巳さんって四月生まれよね?」

 いつもの放課後、いつもの薔薇の館でいつもの雑務をある程度こなして、皆でお茶を頂きながら休憩。
 祥子さまと令さまは薔薇さまとしての用事で職員室へ寄ってから薔薇の館に来ると言う。聞かされていたからわかってはいたけれど、放課後すぐにお姉さまに会えないのはちょっぴり寂しい。

 というわけで薔薇の館には現在、祐巳、由乃さん、志摩子さん、乃梨子ちゃんの四人が集まって仕事を消化しにきている。
 皆で書類を仕分けているときに由乃さんが唐突にそんなことを言い出したのだ。

「まぁ、そうだけど……それがどうかしたの?」

 うーむ、と首を捻る祐巳。自分の誕生日はまだまだ先なのになぜ急に誕生日の確認をしてきたのだろうか。

「いや、大したことじゃないわよ。もし、祐巳さんが生まれるのがあと少し早かったら、どうなってたのかなって思ってね」

 唐突な質問の意図をいまいちつかみきれないことで戸惑っている祐巳のコロコロ変わる表情で察したのか由乃さんは、祐巳の疑問符に対する答えを持ってきた。

「祐巳さまってお誕生日早かったんですか?」

 少しだけ驚いたような意外そうな表情をした乃梨子ちゃん。そんな乃梨子ちゃんの表情を見て、何を思ったのか、何を考えたのかを祐巳は察する。

「もしかして、私が誕生日早そうに見えなかった?」

 祐巳のその言葉にこくりと頷く乃梨子ちゃん。つまりは、祐巳が子供っぽいから誕生日も遅いというイメージを抱いていたのだ。
 確かに、由乃さんはともかく同学年の志摩子さんに比べると落ち着きがないというか子供っぽいのは自覚している。しかし、落ち着きや立ち振る舞いは別にして考えるのであれば、祐巳は志摩子さんや由乃さんよりもお姉さんなのである。

「むぅ、こう見えても今のこの中じゃ一番お姉さんなんだからね!」

 そう言って「えっへん」と胸を張る祐巳。
 お姉さんという割にはその姿はかなり幼いと誰しもが思った。祐巳自身も言ってから、子供っぽいかなだなんて思った。山百合会の面々は基本的に優しいので誰も言及をしなかった。

「祐巳さんが一番お姉さん……ねぇ」

 じとーっとした目で祐巳を見やるは由乃嬢。
 その目は、不服そうというか納得できないというか、祐巳が自分よりもお姉さんとの事実を気に入らないと告げていた。無論、本気で嫌がっているわけではない。
 ただ、どちらかといえば自分の方がお姉さんっぽいのになんだかなぁ……だなんて思っているだけなのである。

「でも、祐巳さんが三年生だったらそれはそれで楽しそうね」

 紅茶を一口飲み机の上にカップを戻すだけなのに様になるのは祐巳の親友の一人である志摩子さん。

「祐巳さまが三年生かぁ……」

 乃梨子ちゃんがそう言ったのを皮切りに一同は祐巳が一学年上だったらどうなっていたのかを想像する。


~由乃の場合~

「あら、由乃。タイが曲がっていてよ」


 ……何か違う。
 由乃はその祐巳さん(想像)に違和感を抱かざるを得なかった。なんというか祐巳さんは学年が一つ違うからと言って上級生ぶるタイプではない。似合っていないことこの上ない。
 そんな性格だから一年生からの人気が高いんだ。
 その誰にでも見せる無垢な笑顔と、嘘なんてつけない優しくて真っ直ぐな心。その親しみやすさが祐巳さんが人気の理由。

 本当に誰にでも優しいのである。
 荷物を運んでいる一年生を見かけたら「上級生だから助けてあげなきゃ!」なんて言って、少し方向性の違った感じで上級生ぶったりするのだ。
 助けられた一年生は、そりゃもうパニックである。雲の上の存在で、ただ眺めることしかできない薔薇の蕾が何の打算もなく自分から手を差し伸べてくれるのだ。そりゃ憧れるのも無理はない。
 もちろん、由乃だって祐巳さんのそんな性格が大好きなのではあるが、時々やきもきする。
 昨日なんて、一年生から手作りのお菓子をプレゼントされていた。しかも、それが昨日だけじゃないのである。由乃が数えた限りでは少なくとも片手の指では足りない位には貰っていたはずである。
 そしてあの太陽のような笑顔を一年生に向けるのである。横に親友の私がいると言うのに、その笑顔を一年生に向けるのはなんだかムカムカする。

 閑話休題

 祐巳さんが仮に姉だったとした祥子さまみたいに「タイが曲がっていてよ」だなんてことは多分ない。
 祐巳さんの見た目で、祥子さまみたいな雰囲気を纏っていたら普段の祐巳さんを知っている所為で違和感しか感じない。
 ゆっくりと、祐巳さん像を崩さずに考えよう。

 祐巳さんが姉、祐巳さんが姉、祐巳さんが姉……


「由乃!お昼ごはん一緒に食べよ!」

 うん、これだ。心の中の内なる由乃がガッツポーズをとる。
 祐巳さんはそんな事言いながら、パタパタと自分の教室まで迎えに来てくれたりするのなんて中々いい。
 それを、他のクラスメイトたちに見せ付けながらどこか二人っきりになれる場所に手を繋いで一緒に歩いたりしちゃうのだ。

 二人っきりの場所に着いたなら並んで座ってお弁当を広げて

「「いただきます」」

 二人同時に声を出してご飯の挨拶をしちゃったり。

「由乃、それおいしそうだね。一つちょうだい」

 祐巳さんは目を瞑って口を開けて待っている。相手はお姉さまで上級生なのにそうは見えなくて、とってもいじらしくて可愛い。
 皆があこがれる福沢祐巳はこんなにも等身大の女の子だってことを知っているのは自分だけだという事実がたまらなく嬉しくて仕方が無い。

「お礼にこれあげるね。私のお気に入りなんだ」

 そう言ってオカズをつかんだ箸を此方へと持って来て……

「由乃、あーん」

 恥ずかしい恥ずかしい!
 誰にも見られてなくたって恥ずかしいものはどうしようも無い。
 でもその羞恥心すら心地よくって逃れようのない魅力を形作っている。

「あ、あーん」

 結局は嬉しさが勝ってしまい、照れながらも祐巳さんのオカズをパクリといただいちゃうのだ。

「どう、おいしい?」

 味なんて恥ずかしさと嬉しさで殆ど分かったものじゃ無いけれど、祐巳さんがおいしいと言ったならおいしいに違いがない筈。なので一応「おいしい」と一言だけの感想を述べる。
 祐巳さんはそれを聞いて「良かったー」なんて言ってるからきっと気付いてない。

 ……間接キスをしてるということに。

 そんなこんなで恥ずかしさで味なんてわからなかったけれど、最高のお昼ご飯の時間を過ごして

「それじゃ、また放課後にね」

 なんて言って途中まで手を繋ぎながらそれぞれの教室に戻るのだ。

 祐巳さんは今日も間接キスをしたことに気付いてなかった。
 願わくば、誰にも気づかれない自分だけが知っている幸せが明日も続けばいいな、なんて思いながら由乃も教室に戻る。


 ふむ。と妄想の世界から一旦の帰還を果たした由乃は一言。

「……いいわね」

 幸いというべきなのか、志摩子さんも乃梨子ちゃんもまだトリップしているようでその呟きは耳に届いてなかったようである。
 祐巳さんには聞こえていたようだけど、何のことを言っているのかイマイチわかっていないのが表情でわかる。

 そんなコロコロ変わる百面相を見ながら思うのだ。

 祐巳さんみたいなお姉さまがいたら、高校生活はとびっきり楽しそうだわ

と。





~乃梨子の場合~

 別に祐巳さまが一学年上だったりしても、私としては志摩子さんや由乃さまほど影響があるとも思えないけれど……
 一学年上の先輩が二学年上の先輩に変わるのだけ。

 でも祐巳さまが紅薔薇さまや黄薔薇さまと同学年というのはなかなか想像するのが難しい。
 案外、志摩子さんの姉になって白薔薇さまなんかになっていたかもしれない。先代の白薔薇さまは祐巳さまが大のお気に入りだったと志摩子さんも言っていたし、その可能性は案外大きいのではないだろうか。

 閑話休題。

 そして乃梨子は一考。
 所詮「たら」や「れば」の話なのだ。ちょっと位祐巳さまが姉だったとしたらなんて考えても志摩子さんに対する不敬にはならないはず。そもそも志摩子さんはこれ位ではなんとも思わないと思う。

 乃梨子は改めて祐巳さまの事を改めて考えてみる。
 二年生で、紅薔薇の蕾で、志摩子さんと由乃さまの親友の先輩。
 そして多分、乃梨子がリリアンに来てから志摩子さんの次には関わりが深い先輩。

 というのも、乃梨子は白薔薇の蕾で帰宅部で、祐巳さまも紅薔薇の蕾で帰宅部なのである。学年は違えども、同じ薔薇の蕾であり、同じように山百合会以外に所属していないのである。
 志摩子さんは環境整備委員に所属しているし、黄薔薇姉妹は剣道部員、紅薔薇さまはかの小笠原グループの一人娘という事もあり、放課後に用があることもある。

 と、現山百合会のメンバーは割と多忙な人が集まっていたりする。
 その中で帰宅部である乃梨子と祐巳さまの2人は必然的に、放課後に一緒になることが多くなる。
 多くなればそれこそ話す機会だって増えるというもので、なんだかんだ祐巳さまと一緒に仕事をしているのが一番楽なのだ。

 特に会話も無く、延々と作業していても祐巳さま相手だとまったく気まずくならないあたり、結構関わりが深い気がする。

 つまるところ、祐巳さまとの間に暗い感情なんてないし、その純粋で実直な性格は嫌いではないというか、非常に好ましい。
 先代白薔薇さまも祐巳さまが大好きだったと聞くし、志摩子さんが祐巳さまに対し、密かに大好き光線を出しているのを妹である私は知っている。
 かくいう私も祐巳さまの事が大好きである。勿論、そんな事おくびにも出してないので志摩子さんであっても気付いてはいないハズ。
 ただ時折、紅薔薇さまに怪訝な目で見られているからあの方にはバレてはいなくても怪しまれてるかもしれない。流石はリリアン最強の紅薔薇さまということか。

 ともかく、祐巳さまにどうしようもなく惹かれてしまうのはきっと白薔薇ファミリーの遺伝子に違いない。そうなると来年に妹ができたとしたらその妹も祐巳さまにべったりになんて事になってしまったら私は自分の妹に嫉妬する羽目になるのか……

 また逸れてしまった。今は祐巳さまの事を考えるのが先決である。
 祐巳さまが姉、祐巳さまが姉、祐巳さまが姉……

 場所はいつもの薔薇の館。いるのは私と祐巳さまの2人っきり。
 黙々と居心地の良い沈黙の中で作業をしていると祐巳さまが突然

「ねぇ、乃梨子って綺麗だよね」

 だ、なんて事を言い出した。
 その幼い顔立ちから滲み出る年上の雰囲気というアンバランスさを纏った祐巳さま(想像)にずきゅん!と乃梨子の中の何かが音を立てて撃ち抜かれる。

「お、お姉さま?突然どうしたんですか?」

 よく大人びていて落ち着いていると言われる乃梨子ではあるが、それでも唐突すぎる出来事に動揺を隠せていない。
 否、どんなに落ち着いていようとも祐巳さまにかかれば乃梨子の落ち着きなど一瞬にして突き崩す事ができる。それも無意識で。

「私ってほら、癖っ毛でしょ?だから乃梨子の綺麗でサラサラな髪がいいなーって思って」

 ほら、案の定だ。なんというか祐巳さまは無意識に他人を動揺させる。
 綺麗というのも髪の毛の事であって、特に意識して乃梨子に言ったわけではない。

 よし、一先ずは落ち着こう。動揺してしまった心を落ち着けるのだ。
 綺麗だと言われたのは髪のことであって深い意味はない。
 でも、髪が綺麗だと言われるのもとてつもなく嬉しい。女性の命とも言われる髪を褒められるということをよくよく考えてみると、相当な嬉しさがジワジワと込み上げてくる。
 祐巳さまが私の髪を綺麗だって、サラサラで綺麗だって言ってくれた……

(落ち着け落ち着け!)

 ニヤけそうになる頬を、意志の力で必死に抑えようと一人で戦っているとふわりと何かが髪に触れた。

「うん、やっぱり乃梨子の髪はサラサラだね」

「ッッーーーーーー!」

 頭の中で乃梨子の冷静さというものがバチンと音を立てて弾け飛び、頭の中は新品の自由帳の如く真っ白に、そして顔は熟れたリンゴのように真っ赤。

「ど、どどどど、ど……!」

 どういう状況なのか、どういう事なのか。乃梨子の身に起こった突然の衝撃に脳の正常な回路は焼ききれてまともな判断ができない。その所為で、祐巳さまの専売特許である道路工事が思わず口から出てしまう。

「ふふ、顔真っ赤だよ」

 そんな指摘をされても、一度顔へと集まってしまった血液を乃梨子はどうすることもできない。
 普段は年下かと思うほどに、幼く見える祐巳さまなのだけど、時折チラリと見せる年上の魅力が、普段とのギャップでこの上なく恐ろしい。

「つぅ……はぁ……」

 その漏れるような声が自分のものだと乃梨子が気付いたのは口から出てしまったあとだった。
 祐巳さまの指が、乃梨子の髪をかき分けて頭の皮膚を直接触りそのまま櫛を入れるようにすぅっと指を滑らせる。
 髪を触るのに合わせて、頭の皮膚を直接触られて、触れられたところから肌が粟立つような甘い痺れがゾゾゾゾと頭から背中。そして背中から手足の指先まで伝わる。

「祐巳……さまぁ……」

 なんて甘美な感覚なのだろう。頭皮に触れている祐巳さまの指から直接『幸せ』というものを流し込まれてると言われても信じてしまうことだろう。
 それ程までに、祐巳さまの指先は二条乃梨子という人間をとろとろに溶かしてしまっていた。
 
「羨ましいなぁ。羨ましいなぁー」

 するすると乃梨子の頭と髪を撫でるのをやめない祐巳さま。
 きっと、祐巳さまはこのとろけきってしまった乃梨子のことを知っていながらも撫でるのをやめないのだろう。
 乃梨子は自分で分かるのだ。どれ程までに自分が幸せそうな表情をしているかということを。

 つまり、二条乃梨子は祐巳さまに髪を撫でてもらう甘い感覚がたまらなく好きで、やめて欲しくないのだ。祐巳さまはそれを察している。だからこそその手を緩めない。

 どれ位経ったのだろうか、十秒にも十時間にも感じられたその幸せは突然止まった。
 乃梨子は動揺した。

 一体何故?自分が何か気に障ったことをしてしまったのか?それとも、ただ単に祐巳さまが二条乃梨子という人間に飽きてしまったのか。
 ただ、髪を撫でられるのが終わったというだけなのに乃梨子の中に溢れた感情はあり得ない程悲観的なものだった。
 冷静になればそんな思考がおかしいということにも気付く筈だが、この瞬間の乃梨子には僅か程の冷静さすら残っていなかった。

 そんな、消極的思考の循環にとらわれてしまう。

「ひゃっ……」

 思考を断ち切るかのように、先程までとは打って変わったまったく別の刺激がぞわりと耳を撫でる。

 すんすんと耳元で何かが音を立てて、それと同時に生暖かい空気がさわる。

「……綺麗なだけじゃなくて、いい匂いもする」

 さて、自分が祐巳さまに何をされているかそれを理解しようと壊れかけの思考回路をなんとか全力で働かせる。

 耳元で聞こえてきたのは祐巳さまの声、つまり耳を撫でたのは祐巳さまの吐息。
 そしてその直前に聴こえたすんすんとい
う音と祐巳さまの言葉から察するに、祐巳さまは乃梨子の髪を……

 その答え合わせをするために、視線を祐巳さまの方へ向けると

「私、乃梨子の匂い好き」

 祐巳さまが乃梨子の髪に鼻をうずめていた。

「ッッッーーーーーーーー!」

 瞬間、駆け巡る恥ずかしさと壮絶な照れ。そして、祐巳さまが自分の髪に顔をうずめているという得のしれない背徳感が爆発的に乃梨子の中に雪崩れ込む。
 その情報量の多さに耐えきれず、ボンッと音を立てて、乃梨子の理性や思考能力諸々は爆発四散した。



 

 場所は戻って薔薇の館。

「乃梨子ちゃん、どうしちゃったんだろ……」

 一人、妄想の世界に旅立っていない祐巳は、八百屋に並べたらトマトと間違って買われても仕方ない程に顔を真っ赤にした乃梨子ちゃんを見てどういうことなのか困惑していた。




~志摩子の場合~

 祐巳さんがお姉さま。
 日頃、祐巳さんの事を考えることは多々あれども、祐巳さんが姉だったらという仮定を考えることは初めて。

 私は、中等部の頃から祐巳さんを見ていた。と、言っても本当に遠くから時々見ていただけ。今みたいに一緒にお弁当を食べるなんて事はなく、言葉を交わしたことも三年間通してもあるかないか怪しい所。
 それでも私は祐巳さんの事を知っていた。
 ……理由は単純。祐巳さんを見ていたから。

 最初は意識していた訳ではなく、ただ羨ましかった。純粋にこのリリアンの生徒として楽しそうな姿と真っ直ぐさが羨ましかった。その羨ましさは見ているうちにいつの間にか憧れへと変わっていた。
 それでも、ただずっと見てるだけ。中等部の三年間、そして高等部に入ってもそれは変わらない……そう、思っていた。

 突然、祐巳さんが薔薇の館に訪れてから私と祐巳さんの距離はめまぐるしく変化を始めた。
 成り行きで祥子さまの妹になりそうだったとき、祐巳さんは祥子さまからロザリオを受け取るのに躊躇っているように感じたのだ。
 具体的にどういった所に感じたのか、と言われたら困ってしまう。きっと、ずっと遠くから見ていたから。祐巳さんの変化を無意識にでも察したのだと思う。
 実際、その通りで祐巳さんは祥子さまからの申し出を断った。

 他の誰も気づかなかった祐巳さんの変化に気付けた事が誇らしかった。

 祥子さまの代わりに私にシンデレラ役はどうなのか、と言われた時は驚き反面少し嬉しかった。
 私を頼ってくれたこと、私がシンデレラというメインヒロイン役にピッタリだと言ったこと。祥子さまへの助け舟としての言葉だと分かってはいても嬉しかったのだ。
 祥子さまが止めなかったら、きっと引き受けていたに違いない。

 紆余曲折あり、祐巳さんが祥子さまの妹になり、山百合会の一員となった時、私の心は祐巳さんに囚われ始めていた。
 ずっと見てるだけだった憧れは、近づいてしまったことによって別のものへと変わってしまった。友情なのか、愛情なのか、そのどちらかは未だにハッキリしないけれど、
 祐巳さんの事が好き。

 それだけはハッキリ分かる。

 それこそ祥子さまの次……いいえ、祥子さまにも負けない位には祐巳さんの事を大事に思っている。
 今は、触れられるこの距離が心地いい。
 だから傍にいさせてね、祐巳さん。
 
 あと、乃梨子はバレていないと思っているみたいだけど祐巳さんが好きなことは知っている。
 姉である私に似たのか、乃梨子も白薔薇ファミリーなのだとしみじみ。

 閑話休題

 祐巳さんが姉。
 由乃さんや乃梨子に比べるなら一番可能性があるのは私のはず。
 お姉さまが私と出会う前に祐巳さんと姉妹になり、そこから祐巳さんが私を妹にすれば無問題である。切欠やそこに至るまでの紆余曲折は『もしも』の話なので省略と言うことで。

 祐巳さんが姉、祐巳さんが姉、祐巳さんが姉……



「志摩子」

 ゾクり。
 これまでの人生で一度たりとも感じたことのない感覚……いや、快感が志摩子の髄を駆け抜ける。
 自身よりも年上の祐巳さんが呼び捨てで名前を呼ぶ。ただ、それだけの事なのに志摩子の脳内はどうしようもないほどに悦んでいた。

「志摩子」

 ゾクゾクゾク
 友人としての立場からの呼び捨てではなく、姉として妹に対しての名前呼び。
 祐巳さんにさん付けされずに名前を呼ばれるということは考えたことはあれど、こういった特殊なシチュエーションを込みで考えたことはなかった。

「志摩子」

 ずるずると身体中にミミズのような快感が走り回る。
 想像だにしていなかったその衝撃に志摩子は自分を保つのに必死だった。

「おはよう、志摩子」

 その衝撃たるや、想像を続けることすらおぼつかなくなりはじめていた。想像し描いていたリリアンはぼやけ、他の生徒たちの声は遠く、風は止んでしまった。

 ただ、祐巳さんだけはぼやけることもなく変わらない……いや、更にクッキリとした形を作っていた。

「志摩子、帰ろ」

 風景はぼやけ、音は遠く、風もそよがず、地の感覚もない。そんな出来損ないの世界でただ一つ祐巳さんだけは存在したいた。

 空は見えなくても、祐巳さんの睫毛は一本一本まで見える。
 音は消え去っても、祐巳さんの吐息はすぐそこに聴こえる。
 肌が空気を感じなくても、祐巳さんの体温を感じている。

 今の志摩子の世界に存在するのは祐巳さんただ一人だけだった。

「お姉さま」
「ん、なに?」

 またしても身体中をぞわぞわとした快感が走り抜ける。祐巳さんをお姉さまと呼ぶという、出処のわからない背徳というスパイスを含んだことで志摩子は更に脳を蕩けさせた。

 危険だった。
 今の志摩子にとって、祐巳さんは麻薬や覚せい剤に等しい程のものへと昇華されている。
 祐巳さん(妄想)の声は志摩子の理性を溶かし、祐巳さん(妄想)の視線は志摩子の心拍数を上げる。

 ブレーキをかけなければいけない。

「志摩子、手、繋ご?」
「はい……!」

 手遅れだった。
 なんて甘美な毒なのだろうか。祐巳さんには麻薬と同じように強烈な中毒性があった。
 一度、中毒になれば最後。二度とそれ無しでは生きていけない身体になってしまう。

「お姉さま……」

 志摩子はきっと祐巳さん中毒になってしまったのだ。それは祐巳さんがいなければ生きていけないということ。
 祐巳さんの甘い香りが志摩子の鼻腔を満たすたび、祐巳さんのちょっぴり高めの体温を肌で感じ取るたびにその症状は重くなる。

「志摩子、好きよ」
「私も好きです、お姉さま」
 
 多分、志摩子はこの中毒症状から一生抜けられないのだと思う。

 少なくとも、今この瞬間は確実に祐巳さん中毒になっているのだ。
 熱を孕んだ身体が何よりもその証拠だった。







 余談ではあるが、一学年上だったらという話なのに、当然のように祐巳と姉妹になっていると考えているのは三人が三人とも祐巳の事が大好きな所為である。

所戻って。

 由乃さんが祐巳が一学年上だったらと言い出してから、祐巳を除いた3人が黙りこくってしまい、その真剣な表情に祐巳は何も言えずにお茶請けの鳩サブレをちびちびと齧っていた。

 少し経つとそれぞれが全く違う表情を浮かべ始めたので、することもないしそれを観察する。

 由乃さんは少し頬を赤らめて、いじらしい微笑みを浮かべて何か呟いていてなんだかかわいい。

 乃梨子ちゃんは、顔を耳までというか首あたりまで真っ赤にして固まっている。心なしか頭からは湯気が出ているように見える。

 志摩子さんは、他の2人とは違ったオーラを纏っていた。

 そんな志摩子さんを何気無く見つめていると目が逢った。その目はトロンとしていて色々と鈍感な祐巳ですら分かる程の熱を持っている。

 互いに数回パチクリと瞬きをした後、志摩子さんはゆっくりと口を開いて

「お姉さま……」

 ポカーン。
 祐巳の、顔にはそんな、擬音が貼り付けられていた。状況の整理がつかないでいると、ふと右手に柔らかくてスベスベした感触。

「お姉さま」

 志摩子さんが恍惚とした表情で祐巳の右手を両の手の平で柔らかく包んでいた。

「ど、どどどど」

 あまり、容量の大きくない祐巳の頭はパンクしてしまい状況の理解なんで到底できなくなっていた。

「ちょっと、志摩子さん!人の姉に手を出さないで頂戴!」

 天、祐巳ニ味方セズ。
 自体は更に収束のつかない方向に進むらしい。
 由乃さんが入ってきて、空いていた左の手を強引に掴む。由乃さんの指はか細くて、こんな時なのに普段のイケイケぶりとのギャップに少しドキりとしてしまった。

「由乃さまも志摩子さんも、いい加減な事を言うのやめてください。私のお姉さまが困っています」

 お次は乃梨子ちゃんが入ってきて祐巳の背後から抱きついた。
 頭に少しのくすぐったい感覚と
「祐巳さまもいい匂いですね」
 という声でパンクしている頭が更にこんがらがってしまって、祐巳は顔を真っ赤にしてあわあわと表情を百面相させている。

 ただ、祐巳が一学年上だったらってだけの話なのに、どうしてこうなっているのかは微塵もわからなかった。

 祐巳を挟んで3人は視線をぶつけ合った後、祐巳を見て同時に口を開いた。

「うちに令ちゃんの作ったクッキーがあるからお茶しに来ない?」
「今日はうちに泊まりにきませんか?きっと菫子さんも歓迎してくれますよ!」
「今日は一緒に帰りましょう……その、手を繋いで……」

 三者三様、それぞれが同時に別々のことを言うので、聖徳太子でもない祐巳には聞き取れるはずもなかった。
 ただ、最後だけは示し合わせたかのように3人の声がキレイに重なった。

「「「お姉さま」」」





「思ったより時間がかかったしまったね」
「えぇ、こんなにも時間がかかるのならちゃんと言っておくべきだったわ」

 薔薇の館の前に立つのは黄薔薇さまと紅薔薇さまの2人であった。
 山百合会としての仕事で2人とも薔薇の館に顔を出すのが遅くなってしまったのだ。それぞれ妹にはすぐに終わると言っていた手前、僅かばかりの申し訳なさを感じていた。

「今は急ぐような仕事もないことだし、ゆっくりとお茶にでもしましょう」
「そうだね、もう少ししたら忙しくなるし休めるうちに休んでおこうか」

 薔薇の館の玄関扉を開けて二人とも中へ入る。そこで少しばかり違和感に気付く。
 館の二階からドタバタと普段はそうそう起こらないような騒々しい物音が聞こえてくるのだ。

「どうしたんだろう?」
「さぁ……。でも入れば分かることだわ」

 痛んでぎしぎしと音のなる階段を上がり、ビスケットのような扉の前に立つ薔薇様方。

 やはりそこにいても中からは若干のバタバタといった音が聞こえる。それから僅かばかりのくぐもった声も聞こえるが、内容までもは分からない。

「中に居るのは由乃たちで間違いないね」

 聞こえてくる僅かな声だけで中に居るのは山百合会の残りのメンバーということがわかって一応の安心。第三者が来て何かをしているのではないのならどう転んでもあまり悪い方向の出来事は起こらない。

 ガチャリとノブを回して、ドアを開く。

「え」

 時間が止まった。

 百戦錬磨の薔薇さま方といえども自分たちの未知においてはどうしようもないということか。
 二人は固まって目の前の状況を眺めていることしか出来なかった。

「大丈夫よ、力を抜いていればすぐに楽になるわ」
「はぁ……いい匂いです、お姉さま」
「お姉さまお姉さまお姉さまぁ……」

 二人の眼前には、黄薔薇の蕾で令の妹である由乃と白薔薇姉妹の志摩子と乃梨子の三人が、紅薔薇の蕾こと福沢祐巳を押し倒して引っ付いて三者三様なんかアレな感じの事をしていた。
 祐巳のタイは曲がっているというか解かれていて、制服も少し肌蹴ていて、羞恥に染まって真っ赤になったその表情と相まって思わず生唾を飲んでしまうほどの色っぽさを醸し出していた。

 押し倒されていた祐巳は真っ先に入ってきた祥子を見つけ
「お姉さまぁ、んっ……助けてぇ」
 だなんて熱を孕んだSOSを発信した。

 その声によって固まっていた祥子の思考回路はフルスロットルで稼動し、今の状況を全力で理解しようとする。令は相変わらず固まったままである。

 どうしてこうなったか、状況は何一つ分からないままであるがたった一つ分かったことがある。

 それは、愛する妹の貞操がピンチということである。

 それさえ分かってしまえば祥子の中のエンジンに火を点けるのは十分だった。

 身に纏うのはリリアン最強、紅薔薇としてのオーラ。内に秘めるは愛する妹を守るための激情。

「あなたたち、何をしているのかしら……?」

 静かだが圧倒的な『プレッシャー』を纏った祥子の声が薔薇の館を満たす。

「「「あっ」」」

 そこでようやく3人は祥子が入って来たことに気付き、その言霊の重さに魂を震わせた。

 その日、薔薇の館にはリリアン史に残る程の雷が三つ落ちたという。


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マリア様がみてるやプリキュアなんかのSSを書いていきたい。けど、何を書くかは気分しだい
主にPixivにアップしたの纏めていきたいです。

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