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チャオ・ソレッラの幕間にて

「……み……」

 あぁ……あれだけ疲れていたというのに、その声を聞いた瞬間に心地よくまどろんでいた意識は一気に引き上げられる。
 瞼は重いというのに、意識はそれに反してだんだんと明瞭になっていく。それに伴って眼が冴えていく。

 とても気持ちの良さそうとは思えないうめき声が祐巳の耳に届いてしまう。
 由乃さんは寝ていれば大丈夫だというけれど、きっとそれには強がりも入っているはず。勝手な憶測に過ぎないけれど、これでも親友をやっているのだから間違ってはいないと思う。ちょっとくらい自惚れたって良いでしょう?

 由乃さんのくぐもった苦しそうな声が時々暗い室内に響く。
 祐巳の身体はもう動きたくない、脳も休みたいよーなんて声を発しているのにも眠れない。布団に入ってしまえばすぐに眠れるという算段だったのだが甘かったらしい。
 どうにも私……福沢祐巳にとって由乃さんは思っていたよりも大きな存在だったらしい。自分がどれほど疲れていても、苦しそうな由乃さんの声を聴くだけで心配で眠れなくなってしまった。

「由乃さん」

 身体にかけていたシーツを退ける。何の音もしない静かな室内なので衣擦れの音でさえ聞こえてしまう。

「由乃さん」

 起き上がり、由乃さんのベッドに腰掛けてもう一度頭に乗っている温くなった魔法のタオルをかえてあげる。室内は暗いので足の指をどこかにぶつけてしまって悶絶したりもしたけれどなんとか声は出さずに済んだ。
 ひんやりとしたタオルの感触に少しだけ楽そうにする由乃さん。

 それでも苦しそうなのには変わりはなくて、どうにかして少しでも楽にしてあげれないものかと考える。
 夜だから部屋の外にも出るわけにも行かないし、先生に言うのは明日になっても由乃さんの体調が優れなかった時だと約束もした。
 こんな限られた状況では色々と考えても時々タオルを変えてあげる位の事しか祐巳には思いつかない。
 こういったとき令さまならどうしたのだろう……ただでさえ海外という環境なのに、傍にいるのが令さまじゃなくて祐巳なんかじゃ由乃さんもいつもより不安なんじゃないだろうか。それに、このまま治らなかったら修学旅行に参加できないという別種の不安にも苛まれている筈。
 それなのに祐巳はただ見守ることしか出来ない。

「由乃さん」

 眠りを妨げないように名前を呼ぶ。
 傍にいるよ、私がついているからね、と。そう思いをこめて名前を呼び手を握る。由乃さんの手はすべすべとか細くて熱かった。

「ゆみさん……」

 起こしちゃったのかな?と、顔を覗き込んでみたけれど目尻に涙が浮かんでいて苦しそうな表情のままだ。

「寝言か……」

 よかった。こんな寝つきの悪そうな状態の由乃さんを起こしてしまったなら、助けにならないどころか状況を悪化させるだけだ。余り迂闊な事はしないようにと肝に銘じる。

「ゆみさ……」

 また寝言。
 こんな時に不謹慎だけれど、親友の由乃さんに名前を呼ばれると少しドキりとする。
 そして、少しだけ汚い感情も沸いてくる。
 ……令さまの名前じゃなくて、祐巳の事を呼んでくれているということが嬉しいのだ。由乃さんがこんなに苦しい時に祐巳がこんなことを思っているなんて知ったら親友失格だなんて言われないか心配だ。
 頭をふるってそんな考えを追いやろうとした時の由乃さんの寝言。

「ゆみさ……いかないで……」
「っ……!」

 カーッと頭が熱くなった。
 殆ど勢い。
 由乃さんを抱きしめた。
 どうしてそうしたのか、その感情を頭が理解する前に体が勝手に動いていた。それでも起こさないようにと、由乃さんの布団へできるだけ静かにもぐりこんで、出来うる限り苦しくないようには気をつけた。

「ここにいるから、大丈夫」

 髪に沿ってゆっくりと頭を撫でる。刺激しないように、落ち着けるように。
 汗で由乃さんの肌は少しベタついていたけれど、不快感は欠片も湧いてこない。それどころか、もっと触れていたい。

「大丈夫。私は由乃さんから離れないから、傍にいるから大丈夫だよ」

 由乃さんの苦しみが少しでも楽になるように「だいじょうぶ、だいじょうぶ」と囁く。
 どこにも行かないよ、ここにいるから。

 祐巳は心の中を由乃さんでいっぱいにしながら優しく抱いて言葉をかけ続けた。
 由乃さんはなんだかいつもより良い匂いがした。

「大丈夫だから安心していいからね。傍についているから、大丈夫」

 まるで暗示でもかけるかのように大丈夫と繰り返す。祐巳のありったけの優しさを込めて。

「大丈夫、大丈夫だから」
「ゆみ……」

 その声が届いたのか由乃さんの苦しそうな顔に一瞬だけ儚い笑みが浮かんだ。
 きっと明日には良くなってくれる。そう思えるような微笑だった。

「……由乃さんの居ない修学旅行なんてイヤだからね。もし治らなかったら仮病を使ってでも離れないから」

 自分の耳に届くのかも怪しいくらいの小声で呟く。
 由乃さんを……そして祐巳自身を安心させるために由乃さんを抱きしめていた力を僅かにだけ強める。

「大丈夫……だいじょうぶ……」

 駄目だ。此処にきて本当に体の限界が来たのかもしれない。
 自分の布団に戻らなければと思うけれど、その思考は猛烈な眠気にすぐ淘汰されてしまう。

「だいじょうぶ……だ……ぶ……だから……」

 自分で意識を保つのも危うくなっても祐巳は最後の抵抗として『大丈夫』と、魔法の呪文を唱え続けた。
 感じられるのは腕の中に居る由乃さんだけで、だんだんと、意識が、遠のいて……






 ぱちり。
 若干の気だるさと共に由乃は目を覚ました。
 もう少し眠っていたいという誘惑に駆られるが思いのほかハッキリと眼が覚めたので誘惑をすぐに押し返す。
 そして昨夜のことを思い出し現在の状況を把握しよう。

 由乃は横になったまま知らない天井を見つめながら頭の中を整理する。
 今は修学旅行中でイタリアである。

「確か、熱を出して……」

 そう、この慣れ親しんだ気だるさと汗でベタついた気持ち悪さは熱を出した時の物。
 すんすんと自分の匂いをかいでみると、案の定というか汗臭かった。後でシャワーでも浴びよう。

 確かに汗をかいて不快感はあるけれどもそれ以上に体調はスッキリとして、昨日の辛さは微塵も残って無かった。
 体調を崩しているというのに何故かいつも以上にグッスリと眠れて清々しい。

「ん……?」

 そこで由乃の耳が小さな音を捉え、僅かばかりのくすぐったさを感じる。
 すぅすぅと落ち着いた呼吸の音。もっと言えば寝息である。だけれども由乃は起きているのだから寝息が聴こえるのはおかしい。

 顔を横にコテンと倒すとそこには……

「っっ……!?」

 祐巳さんの寝顔が由乃の視界全てに飛び込んできた。
 由乃は咄嗟に叫ばなかった自制心を後で存分に褒めてやろうと決めた。

(落ち着け由乃!今の状況をしっかり把握しなさい!もし魔が差したりして祐巳さんを襲ったりしたら日本に帰った後、二度とお天道様を拝めなくなるわよ!)

 もう必死も必死だった。目と鼻の先どころか、横を向いた時に鼻同士が触れるほどまでに近いのだ。吐息が由乃の顔をくすぐってくるわ、なんだか良い匂いはしてくるわで由乃の理性は地震が起きた後の家の中のように散らかっていた。
 そんな近くに誰かが居るなんて幼馴染の令ちゃんであっても数えるほどしかない。
 その上、相手が大好きの上に大好きを重ねてしまうほどの大親友である祐巳さん。大好き過ぎてちょっと行き過ぎることもあるくらいだ。
 流石に寝込みを襲うのは不味い。どうせなら最初は合意の下、ロマンチックに……

(じゃなくて!なんで祐巳さんが私のベッドにいるのよ!)

 いつもイケイケ青信号の由乃も流石にこの赤信号では止まらざるを得なかった。

 すぅー、はぁー。すぅー、はぁー。
 深呼吸をして混乱しすぎている心を落ち着けようとする。僅かに漂ってくる祐巳さんの甘ったるい香りが由乃の理性を叩き壊そうと無慈悲な攻撃を仕掛けてくるがなんとか撃退して、ある程度の平常心を取り戻す。
 なんで祐巳さんがここにいるんだろう……
 そう考えていると天使のような寝顔の祐巳さんがむにゃむにゃと何か呟いている。

「だいじょうぶ……だよ……」
「あっ……」

 ぱちんと音を立てて、由乃の記憶のスイッチが入る。
 数秒前までパニックの渦の中心に居たというのに、その魔法の言葉のお陰で今は落ち着いていた。

「そう……祐巳さんだったんだ」

 由乃は自分がこんなにも元気になれたのが横で可愛らしく寝息を立てている祐巳さんのお陰という事に気付いた。

 殆ど憶えていないけれど、ずっとあやふやだった意識の中で大丈夫という声と優しい何かが由乃を包み込んでくれていた。熱を出していたというのに悪夢にも魘されず、まるでマリアさまの腕の中にいるかのような安心感を与え続けてくれていたのはこの小動物のような愛しい親友だったのだ。

「ふふ……」

 語尾に音符記号でもつきそうな由乃。
 まさか普段はぽけぽけな親友に、マリアさまを重ねてしまうなんておかしくって笑いが零れてしまう。
 つんつんと祐巳さんのぷにぷにした血色の良いほっぺたを突くと少しだけ眉をひそめて唸る。そんな小さな反応だけで愛おしくて仕方がない。

「まだ、起きてないよね?」

 そういいながら何度かほっぺたを突っつくけれど、祐巳さんは特に変わらず「ぅん……」だの可愛い声を上げるだけ。もし起きていたとしても狸寝入りできるような器用さは祐巳さんにはなくて絶対に顔に出る。狸っぽいのに。

「祐巳さん、ありがとう」

 ドキドキと。バクバクと。
 ゆっくりと祐巳さんの顔に、由乃は近づく。
 自分の心臓の音が五月蝿くて、祐巳さんがこの音を聞いて起きないか不安になる。
 そして、つくづく心臓の手術をしておいてよかったと思う。きっと手術前の由乃だったら興奮というかこのドキドキに心臓が耐えられないと思う。冗談抜きで。

 祐巳さんの規則的な吐息がかかって、更に顔に血液が集まってくるのがわかる。
 顔どころか耳までアツい。熱を出した時なんかよりこっちの方がよっぽどアツい。

 由乃が祐巳にゆっくりと近づけば近づくほど心臓の鼓動は間隔を狭めていく。

 あぁ、もう止まれないし止まらない。
 頭の中では色んな物がごちゃごちゃと祐巳さんという名の台風に荒らされていた。

 もし今、祐巳さんが起きてしまったらどうしよう。絶対に目があっちゃうだろうしここまで近づいてしまえば言い逃れもできない。
 でも止まれない。

 祐巳さんの唇に近づいて、もうすこし近づいて、触れる直前まで近づいて

 触れた。


「ーーーぅぁ……」

 触れてしまった。
 由乃の頭はもう真っ白。祐巳さんとのキスで許容量を超えてもう声も出なかった。

 まだ祐巳さんは何事もなかったかのように寝息を立てているのだけれど、寝顔を見るだけで由乃の羞恥心だとか乙女心が鬱陶しい程に悲鳴を上げる。

 本当に数秒、唇同士が触れ合うだけの軽いキスだというのに、心臓は早鐘を打つのをやめる気配はない。
 こんなに軽いキスでここまで心乱されるなんて、これ以上踏み込んでしまったら一体どうなっちゃうのだろう。きっと理性ごと心をぐちゃぐちゃにかき乱されて二度と祐巳さんの顔を直視できなくなってしまうんじゃないだろうか。
 ダメだ。もう由乃の乙女心も許容量を軽くオーバーした限界。これ以上踏み込んでしまったら心臓も持たない。

 踏み込まなくたって数秒毎に、祐巳さんの柔らかい唇の感触が蘇ってきてどうしようもない恥ずかしさと言葉にできない嬉しさが込み上げてくる。。


 数分間の放心から意識を取り戻した由乃は汗をかいた身体と、火照りが止まらない心を冷やすためにシャワーを浴びることにした。
 もう一度、気持ち良さそうに眠る親友を見て由乃は思うのだ

「祐巳さん、大好きよ」

 なんて、ね、

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